第135話



「それじゃ、午後は作業開始といくか」


 蒼太は食器を流しにもって行ってから戻ってくると、アントガルに声をかける。


「あぁ、さっきの話と俺が考えていたことを合わせればいけるはずだ」


 昼食の際に二人は日本で伝わっている日本刀の製法について確認していた。それはアントガルのインスピレーションを強く刺激し、これからの作業に好影響を与えていた。


「俺はその作り方を調べても、どういかせるか思いつかなかった。だから、あんたが頼みの綱だ……頼むぞ」


 蒼太はいつになく真剣な表情でアントガルを見る。


「わかっている。任せろ」


 アントガルは自分の胸をドンッと叩き、大きく頷いた。それは蒼太の信頼に答えたいという気持ち、そして職人としての矜持から来るものであった。


 二人は作業場へ篭ると、いよいよ蒼太の刀を創る作業にとりかかった。



 工房の入り口には作業中、立ち入り禁止の札を下げている。それを見たディーナは頑張っている彼らのために自分ができることをしようと夕飯の買い物のために街へと出て行った。




「お、久しぶりに勇者の孫のとこからいい金槌の音が聞こえてくるな」


「あいつ、まだ続けてたのか? 最近は全く火が入ってないようだったけどな」


 近所の工房に住むものたちは、アントガルが鍛冶作業をしているという珍しさを話題に立ち話をしていた。


「なんか、この間は爆発音みたいなのが聞こえてきたから、どっかおかしくなったのかとも思ったが……」


「あー、俺んとこもそれ聞こえた。なんかすごかったな、どこから聞こえたかわからなかったけど、ここだったのか」


 近隣の住民がひとり、またひとりと次々に顔を出し、アントガルの話題に加わっていく。その表情は一様に微笑ましいものを見守るものであり、皆が皆、鍛冶職人アントガルの復活を喜んでいた。



 彼は鍛冶というものに対してどこまでも真面目で、真面目過ぎた。そのために挫折してしまった。集まっている彼らの中にも同様の挫折を味わった者もいたが、それぞれ色々な方法でそれを乗り越えている。しかし、アントガルの場合は越えるべき壁が大きすぎたため、なかなか乗り越えられずに燻っていた。


「何がきっかけなのかわからんが、よかったなあ」


「あぁ、あいつならご先祖様にも負けない、いい職人になろうだろうさ」


 その二人の意見には全員が頷いていた。



 外でそんなやりとりが繰り広げられているとは露知らず。作業場では二人は刀づくりに励んでいた。火を使うため、作業場の気温はぐんぐん上がっており、いつしか二人は汗だくになっている。しかし作業は終わらない。蒼太はTシャツ一枚のような格好になり、アントガルに至っては上半身は裸になっている。


 しばらくしてから一度金属を打つ音が鳴り止み、そこで二人はやっとしたたる汗をタオルで拭っていく。二人の鍛冶スキルは高く、更に職業鍛冶師の効果により、作業は通常の職人の数倍の早さで進んでいく。


 そのおかげで作業開始してから数時間程度で形になってきている。



「ここからだな、まさかただの金属の武器にするつもりはないだろ?」


 汗を乱雑に拭ったアントガルはにやりと笑いながら蒼太へと質問する。


「もちろんだ、ここまできたら次の工程はあれだろ?」


 蒼太の問いかけにアントガルは無言で頷くと、金槌を別のものに持ちかえる。蒼太も別の金槌へと持ちかえるとそれに魔力を込めていく。


「属性はどうする?」


「俺は使える全ての属性を順番に入れる。アントガルは無属性のただの魔力注入を頼めるか?」


「わかった、というよりそれが一番いいだろうな。それじゃいくぞ!」


 アントガルの掛け声とともに、熱せられたそれへと交互に金槌を振り下ろしていく。



 これは一般的に鍛冶と言われる作業の工程にはない、魔力入れと呼ばれる作業だった。込める魔力の種類や質、そして量によって創り上げた武器に属性を付与していく。蒼太は全属性の魔法が使うことができ、またその魔力の質も量も高いものだった。


 逆にアントガルはまともに使えるのは土属性だけで、魔力量が少なく、質も一般的な鍛冶師と比較して決して上回るものではない。しかし魔力入れのバランスを取ることにたけており、蒼太の魔力を効率よく刀へと通していく。


 そうして、徐々にそれは形をなしていく。



 蒼太は刀の魔力許容量限界まで魔力を込めていき、ここというところでアントガルに目配せし、動きを止める。それを受けてアントガルは残りの形を整える作業へと移っていく。


 残りをアントガルに任せると一度蒼太はリビングルームへと戻り、どかりと椅子に腰掛けると背もたれに体重を預けた。


「久々だとやはり疲れるな……」


 蒼太は亜空庫からコップを取り出し水を注いで口にする。作業に集中していて気づいていなかったが、すっかり喉はカラカラでその水が火照った身体中に染み渡っていくようだった。


「美味い」


 なんてことのない普通の水だったが、乾いた土に振る雨のように身体へと吸収されていくのが実感できた。



 水を飲んだことで人心地ついた蒼太は、リビング内を見回した後、ふとダイニングの気配を探るがディーナはまだ出かけているようだった。


「留守か……」


 蒼太は再度椅子にもたれかかると天井を見上げた。そして、目を瞑りアントガルが作業している音に耳を澄ませる。先程まで自分も出していた音だったが、少し距離をあけて聞くと心地よい音色だった。


 しばらくそうしていると、その作業の音が止み、次の音が奏でられる様子はないようだった。


「いくか」


 誰にとでもなくそう呟くと、蒼太は立ち上がり作業場へと戻る。



 そこには、先ほどの工程で出来上がった刀身を確認しているアントガルの姿があった。


「来たか、ちょっと見てくれるか?」


 そう言って蒼太へと刀を渡す。


「ふむ、悪くない……だが」


 品定めするように刀身を見た後の蒼太の言葉にアントガルは首を横に振った。


「そうなんだよな、悪くないんだよ。普通にどっかの武器屋の店頭に並べたら安くても金貨10枚以上はもらえる」 


「あぁ、使い手は選ぶだろうがかなりの武器なのは確かだ」


 二人は出来上がった刀に満足していない様子だった。



「「美しくない」」


 その一言に二人の総意が込められていた。

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