第120話
翌朝、蒼太・ディーナ・アントガルの三人は街の門の前にいた。鉱山の中だけでなく、周囲にも魔物が多いとの話だったため、今回はエドを宿に預けたまま出発することになった。
「目的の鉱山はここから近いのか?」
「いや、少し距離はある。徒歩で行ったら夕方につけばいいほうだろうな」
蒼太の質問にアントガルが答えるが、その答えに蒼太は顔をしかめた。
「ま、待ってくれ。徒歩だったら、だ。ちゃんと手は用意してあるよ、この場合は足か、ほれ」
アントガルが指し示す方向へ目をやると、馬を三頭引き連れたドワーフが門へとやってくるのが見えた。
「知り合いの貸し馬屋でな、現地までこれに乗っていけばいいだろ。帰りは徒歩になるが……」
貸し馬屋の男は、近くまでやってくると蒼太たちへ会釈をする。
「料金は昨日貰ってあるから、あとは目的地までついたら馬たちに合図をしてやってくれ。そうしたら勝手に街へ戻ってくるように躾けてある」
「あぁ、いつもの通りだな。大丈夫だ、わかってるって」
貸し馬屋の男は蒼太たちへ説明するつもりで話していたが、アントガルはわかってることを話されたため、そこで話を打ち切った。男は別段機嫌を悪くすることもなく、再度蒼太たちへ会釈をすると街の中へと戻っていった。
「へへっ、実は昨日城に行って来た後、貸し馬屋にも寄って話をつけておいたんだ。帰りは徒歩になるが、これなら行きだけでも楽ができるだろう。俺もたまに使うんだ」
アントガルは人差し指で鼻を擦りながら、自慢げにそう言った。
「まぁ、行きだけでも馬があるのは助かるな。帰りは、休憩しながら俺の付与魔法をかけて走ればなんとかなるだろ」
「そうですね、夜遅くなるようだったらテントで休みましょうか」
「お、おいおい。俺の機転で馬があるんだから、もっとこう少しくらいは褒めてもバチはあたらないんじゃないのか?」
蒼太とディーナが帰りの話を始めたことにアントガルは自分がないがしろにされた気分になっていた。
「あぁ、悪い悪い。よく手配してくれたな、助かったよ。さすがに行きも帰りも徒歩だと時間がかかりすぎるからな」
「ですです、ありがとうございます」
「お、おう。わかってくれればいいんだよ」
素直に反応を返した二人に対して、アントガルは今度は戸惑ってしまった。
「それはそうと、そろそろ出発しないか? 俺はこいつに乗ろう」
「私はこの子にします」
蒼太は黒毛のややがっしりとした馬に、ディーナは少しふっくらとした女性らしさのある馬を選んだ。必然的に残った一頭がアントガルになるわけだが、その馬はあまり整っていない顔立ちをしていた。
「……俺はこいつか。ま、まぁ馬は顔じゃないからな、よろしく頼む」
悪口を言われたと感じ取ったその馬はアントガルの顔を口でつついた。
「お、おい。やめろよ!」
アントガルと馬がじゃれている間に、蒼太とディーナはそれぞれの馬へまたがり出発していた。
「あっ、ま、待ってくれよ。俺を置いていくなー!」
その叫びを背に二人は鉱山へと向かっていった。アントガルが何とか背中に乗せてもらい二人に追いついたのはその10分後のことだった。
数時間山間の道を進んでいくと、さっきまで感じられていた動物の気配や鳥の鳴き声などは聞こえなくなってきた。
「鉱山が近くなってきた証拠だな、そろそろ魔物が出てくるぞ」
アントガルはそう言うと馬から降りる。蒼太とディーナも状況から察して、馬から降りていく。
「馬もここらへんまでが限界だ。これ以上は、こいつらが危険だからな」
「そうだな……何かしたら勝手に帰ってくれるんだったか?」
蒼太は貸し馬屋の言っていたことを思い出して、アントガルへ質問する。
「あぁ、これが馬笛になるんだがこれを吹いたら帰りの合図ってことで勝手に帰ってくれる」
アントガルは蒼太とディーナの顔を見て頷くのを確認すると、馬笛を力強く吹いた。馬たちは耳をぴくりと動かしたかと思うと、元来た道を戻っていった。
「へー、すごいな。本当に自分たちだけで戻って行った」
蒼太はその様を見て感心していた。
「おい、そろそろ検問があるんだ。気を抜かないでくれよ」
アントガルが指差す方向へ歩いていくと、検問所がその姿を現した。
「あれか」
「あれだ」
「あれですか……」
その他愛の無いやりとりの中でディーナだけは緊張していた。蒼太はそれに気づいてディーナの肩にぽんっと手を置いた。
「大丈夫だ。ディーナが負けるとしたら、相手は俺くらいなもんだ」
「……ですね!」
ディーナは蒼太の言葉に、まだ固いながらも笑顔を取り戻していた。
検問所へたどり着いたところで、アントガルが衛兵に話をしにいく。話をしながら二人は蒼太たちのほうを見ていた。更にしばらく話をすると、アントガルは蒼太とディーナを手招きした。
「中で実力の確認をするそうだ、検問所の中へ行こう」
「わかった……ディーナ、いくぞ」
「はい!」
ディーナの表情からは固さがとれ、気合の入った表情になっていた。
三人が中へ入ると、まず目に入ったのは広場。そして、鎧を身にまとった騎士が数人だった。その中で、最も豪華な鎧を身に着けている男が一歩前へ踏み出す。
「お主たちがアントガル殿の護衛をするという者か。一見頼りなさそうだ」
周囲の騎士達は、蒼太たちを嘲笑しながら男の言葉に頷いていた。
「しかし、その身から出る気配は強者のそれのようじゃな……なかなか興味深い」
男はそこまで言うと、周囲にいた騎士達を一睨みした。騎士たちは、先程の嘲笑が的外れのものだと指摘されたとわかり気まずい表情になっていく。
「して、どちらが私の相手をしてくれるのだね?」
「私がお相手させていただきます」
男の問いかけにディーナは一歩前に踏み出して名乗りをあげた。
「ふむ、女性か。手は抜かんぞ、その必要もなさそうじゃがな」
男はディーナの立ち姿に感じるものがあったようで、面白そうだと笑みを浮かべていた。
「早速で悪いが、力を試させてもらって良いか?」
ディーナはその言葉に頷く。
「では、付き添いのものたちは下がってもらおう。お前たちも下がっておれ」
男の言葉に蒼太とアントガル、そして騎士たちはそれぞれの陣営寄りの後ろへと下がっていく。
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