第119話
「ところで今更だが……明日出発でいいんだよな?」
蒼太はさっきまでの自信に満ちた表情はどこかへ行き、心配そうにアントガルへと質問した。
「……あんたも抜けてるとこあるんだな。向こうの準備もあるから、明日以降にしてくれと言われた」
「そうか、じゃあ今日は適当に鍛冶作業でもして時間を潰すか」
蒼太は立ち上がると、作業場へと向かった。
「お、おい。俺の工房で何をするつもりだ!」
アントガルは慌てて蒼太の後を追いかけていく。ディーナは二人の後は追わず、アンダインを使っての戦闘訓練を行うために裏の広場へと向かった。
★
裏の広場
ディーナは裏の広場に向かうと、先程の謎の人形がしまってあった倉庫から別の人形を取り出し、広場に置いてある木の人形の隣に並べていく。それらは謎の人形ほどの硬度はないが、金属を使ったものもあり練習台としては十分なものであった。
設置を終えるとディーナはアンダインを構え、魔力を通していく。すると、徐々に刀身が水に覆われた。ディーナはフランシールに学んだ回復魔法を最も得意としているが、それ以前は兄とともに精霊魔法や属性魔法を学んでおり、その全てにおいて兄を越える才能をみせていた。
ディーナの周囲には、水の精霊が浮いている。エルフは風の精霊と契約する者が多かったが、ディーナは風・水の二精霊と契約をしていた。
「よろしくね」
ディーナがそう言うと、精霊たちは当然だと頷いた。ディーナは内心では千年という長い年月を経過しているので、その空白の時間によって精霊は出てこないのではないかと考えていたため、当時のままの優しい精霊の反応に安堵する。精霊と言葉を交わすこととはできないものの、表情で何が言いたいのかはわかっている。彼女のお願いに精霊は頷くとディーナの魔力を強化し、彼女はそれをアンダインへと流していく。ディーナは魔力の高まりそのままに、人形へと一撃を繰り出した。
★
作業場
蒼太は作業場に火入れをした後、いくつかの金属を取り出すと作業台に並べていく。それを終えると、今度は使っていた自分の道具を取り出していく。先程まで文句を言っていたアントガルは、それを興味深そうに眺めていた。
その時、裏手から轟音が聞こえる。
「な、なんだ!」
アントガルはその音に驚き、裏手へと走っていく。蒼太はチラリと音がした方向をみたが作業に戻ることにした。
「さて、久々に何か作るか」
蒼太は袖を捲くると、剣を創るためいくつかの金属を手に取っていく。その中で、これぞという金属を熱していると、アントガルが戻ってきた。
「あんたの相方すごいな……」
「だろう?」
アントガルが少し青ざめた表情で戻ってきたが、蒼太は返事だけ返すと熱した金属を金床に乗せ叩いて行く。その手際は板についており、アントガルは思わずその所作に見惚れていた。
「ただ立っているのも暇だろ。手伝ってくれよ」
「お、おぉ」
蒼太の言葉に頷いたアントガルは、急いで自分の道具を用意した。
その後二人は夕食の時間まで作業を続け、二本の片手剣を創り上げたところで作業を終了とした。二人が、外の井戸の水で汗を流しリビングへ戻るとキッチンからは料理の匂いが漂ってきた。
「あ、二人とも終わったんですね。夕食できたので、席について下さい」
エプロンをしたディーナが二人をダイニングへ向かうよう促す。同じようなことがつい最近もあったため、二人は顔を見合わせてから、それぞれの席へと向かった。
「作り終えて外の井戸に行ったら真っ暗で驚いた」
「俺も久しぶりにあれだけ鍛冶作業に没頭したよ」
蒼太とアントガルは、食事をしながら先程までのことを思い出して話し始めた。アントガルは充実した顔をしており、武器を創る楽しみを思い出していた。蒼太と創ったことで、いつもよりも質の高いものを創ることができ、蒼太の鍛冶師としての実力にも一目おいていた。
「まぁ、久しぶりだったからいい肩慣らしにはなったかな」
蒼太としては、求めている刀ではないためあくまで練習という位置づけであり、感動は薄かった。
「あんたが創りたいっていうものを俺も創りたくなってきたよ。いや、元々その気持ちはあったんだが、何というか……より気持ちが固まったといった感じだな」
反対にアントガルは興奮しており、刀に対する思いも高まっていた。
「ふふっ、なんだか楽しそうですね。ラウゴさんともこんな感じだったんですか?」
ディーナの質問に蒼太は腕を組んで思い出す。
「うーん、どうだったろうな。ラウゴとアントガルはだいぶタイプが違う気がするが……最初の頃は、俺があいつに鍛冶技術の指導をしてもらっていたから、その頃はひたすら練習で何本も打っていた。それこそあいつの工房の金属がなくなるかというくらいには練習しまくった」
ディーナとアントガルは蒼太のそんな姿を想像できずにいた。
「あいつに一人前と認められてからは、みんなで色々な素材を集めに行ったり、俺が今回創りたいと言っている刀を何度も試作したりしていたよ。この間アントガルとも話し合ったみたいに、問題点とか改善点を話し合ったりしたよ」
アントガルにとっては千年前のご先祖様の話であり、それを聞いて不思議な気持ちになっていた。蒼太にとっては数年前の話であるため、ついこの間の話であり懐かしくも寂しくもあった。
「さて、お二人とも今日は時間があったからデザートも用意してありますよ!」
急な話題転換であったが、ディーナは蒼太の寂しさを感じ取ったため、わざと明るく振舞おうとした。実際にデザートは用意してあり、シンプルなチーズケーキだった。国にいた際に、唯一母親から教えてもらえた料理がこれだった。そんな話をすればまた雰囲気が重くなってしまうため、その事実をディーナは心の内にしまっておくことにする。
「これは懐かしいな」
蒼太はそれを三年前に食べたことがあり、気に入っていたため皿に乗せられた一ピースをあっという間に食べ終えてしまった。空いた皿へディーナが新たにケーキを乗せる。
「いいのか?」
蒼太はやや驚き、ディーナの顔をうかがう。
「いいですよ、ホールで作ったのでまだまだありますから! アントガルさんもおかわりしたかったら言ってくださいね」
そう言ってアントガルを見ると、既に食べ終えており空の皿を前に差し出していた。
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