第121話



 ディーナは一度振り返り蒼太を見ると頷いた。それから、豪華な鎧の騎士の男へ向きなおると、ディーナはアンダインを鞘から抜き構える。男も大剣を取り出しディーナに対して構えた。


 衛兵は中立な立場をとっているらしく、審判役を務めるために中央へと移動する。


「これは、アントガル殿の同行者の実力を計るための練習試合だと聞いています。なので、当然ながら殺し合いは禁じます。仮にどちらかが相手を死にいたらしめた場合は、問答無用で投獄されることをご覚悟下さい」


 ディーナと騎士の男は真剣な表情で頷く。



「装備等の制限はありません、それぞれが用意したものをお使い下さい。それと、ここには高位の回復魔法を使える者はいませんので、大きな怪我などは各自の回復アイテムなどを使用してください。勝敗は、私の判断かもしくはどちらかが負けを認めた場合、そして気絶してしまった場合などに決着とします。何か質問はありますか?」


 そこまで言うと、審判は二人の顔を順番に確認した。


「特にないのであれば、そろそろ始めようと思います。お二人とも準備はいいですね?」


 構えた二人は、相手から目を逸らさずに無言で頷いた。



「それでは……はじめ!!」


 審判の掛け声と共に、ディーナはアンダインへ魔力を通していき。さらに水の精霊を召喚する。騎士の男はその様子を見て、驚きを隠せないでいた。


「魔剣使いの上、精霊召喚だと!?」


 騎士の男は思わず声をあげ、アントガルも周囲の騎士たちも口を開けたまま驚いていた。



「いきます」


 精霊とディーナは水の弾を周囲に次々と浮かべており、その弾と一緒に騎士の男へと向かっていく。騎士の男はアンダインを手にしたディーナを見て、剣術での戦いになると予想していたため魔法に対する対応が遅れてしまう。水弾が次々に騎士の男へと着弾していく、魔法耐性がある鎧だったが次々に襲い来る水弾による水圧で後方へと押し込まれてしまう。


「せいっ!」


 男が膝をついたところへ、ディーナがアンダインを振り下ろした。



「ぐうっ」


 男は何とか大剣でアンダインの一撃を止めるが、体勢を崩されており押し込まれてしまう。押し返そうと力をいれた瞬間、ディーナの押す力はゼロになり、騎士の男は大剣を大きく空振りしてしまう。


 ディーナは素早く横に回り首元へアンダインを突きつけていた。男はそれでも何とかあがこうとしたが、ディーナは死刑宣告とも言える言葉を告げた。


「抵抗しても構いませんが、動いたらあなたの後ろにいる精霊さんの魔法が飛んできますよ」


 騎士の男は振り上げようとした大剣から手を離し、両手をあげる。


「まいった、手も足もでないとはこのことだな。アントガル殿の同行者として認めよう」


「それでは……えーっと、すいません。名前をお聞きしていませんでしたね」


 審判は勝ち名乗りをあげようとして、名前を知らないことに気づいた。



「ディーナリウスといいます」


 ディーナは審判に会釈しながら答えた。


「ありがとうございます。それでは、勝者ディーナリウスさん!」


 勝ち名乗りがあがると、蒼太の拍手だけが広場に響いた。ディーナは蒼太を見て笑顔になり、二人の下へと戻る。他の面々は、一様に驚きを隠せず、いまだに口を開けたままの者もいるほどであった。



「やるじゃないか。精霊を絡めることで戦略の幅が広がっているし、アンダインの能力の引き上げにも繋がってるな」


 蒼太はそう言うと、近くまで来たディーナの頭へと手を伸ばした。ディーナはなでられるのが気持ちいいらしく、目を細めながらされるがままにしていた。


「でぃ、ディーナさん。あんたすごいんだな」


 アントガルは驚きから立ち直ったらしく、ディーナへと声をかける。


「自分から名乗りをあげましたからね。それに、これくらいできないとソータさんのお供はできませんよ」


 ディーナは、少し得意げにそう言う。



「いやいや、あんな短時間でやられることになるとは思わんかったわい」


 騎士の男が蒼太たちの下へとやってきた。


「実力を出させないうちの決着を狙いましたからね、最初から本気を出されていたらどうなっていたかわかりませんよ」


「謙遜もいいところだな、本気だったとしても時間が延びただけで結果は変わらなかっただろうさ。いや、いい経験をさせてもらったよ。今回の腕試し役を命じられた時は何と面倒なことをと思ったが、世の中は広いな。はっはっは」


 騎士の男は豪快に笑った。その顔には負けた悔しさは浮かんでおらず、むしろ自分の見聞が広がったことに喜びを覚えていた。



「そういえば、一般の騎士だか将軍だかが来るとかって言ってたが、あんたは何者なんだ?」


「おー、そう言えば私も名乗っておらんかったな。名をブライアスという、一応この国の将軍をやっておるが、そろそろ引退したほうがいいかの?」


 蒼太の質問に対して、ブライアスは冗談なのか本気なのかわからない返しをした。


「そ、そんな、まだまだ現役でいけますよ!」


 ディーナは自分のせいで引退発言を引き出してしまったため、慌ててそれを止めようとする。


「はっはっは、素直なお嬢ちゃんじゃな。冗談じゃよ、まだ後継者が育っておらんからのう、引退は今しばらく先じゃ」


 その答えにディーナはほっと胸をなでおろす。



「ブライアス将軍、彼らの入山を許可しますがよろしいですね?」


 審判役を努めた衛兵が、将軍へと確認をとる。


「あぁ、構わんよ。あれだけ一方的にやられて認めんとも言えんじゃろ。王様には私から話しておこう。お主もそろそろ城に戻ってもいい頃じゃないかの?」


 ブライアスは許可を出すと、今度はその衛兵に質問する側へと回った。


「城にいてもあまり面白くありませんからね、ここにいた方が今日のように思いがけない事案に出くわすことができますよ」


「しかし、お主をこのようなところに置いておくのは宝の持ち腐れじゃろうて」



 ブライアスの言葉に衛兵は苦笑した。


「それこそ、腕試しの役を将軍に行わせるほうが宝の持ち腐れですよ。ですが、そうですね……私の業務を引き継げる相手を見つけたら戻ってもいいかと思います。ここ任務についてそろそろ三年になりますからね、丁度いい時期かもしれません」


 許可が降りたものの、ブライアスと衛兵の話が始まってしまったため蒼太たち三人は終わるのを待っていた。



「申し訳ありません。将軍の許可もでましたので通行して頂いて構いませんよ。お気をつけを」


 待たせていることに気づいた衛兵は頭を下げ、鉱山への道を手で指し示した。


「あぁ、行かせてもらおう。それじゃあな」


 蒼太の先導で三人は鉱山へと向かう。ディーナとアントガルは将軍たちへ会釈を蒼太の後を追いかけた。

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