第115話



 先程までアントガルは頑なに拒んでおり、部屋まで通したのも話を聞きたいだけだった。しかし、話を聞いてしまった今となっては一緒に創ってもいい、いや是非創り上げたい。そう気持ちが変化していた。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」


 アントガルの口をついて出た言葉は、否定の言葉でも懐疑的な言葉でもなく、作業に対する質問だった。


「やってくれるか。だが、何をというのは難しい……俺は結局創ることができてないわけだ。だから、俺たちが昔にやった方法を話そうと思う。その中で気づくことがあったら意見を言ってくれ」


「わかった、聞かせてもらおう」


 アントガルは蒼太の言葉に頷いた。



 蒼太は自分とラウゴの二人が考え、そして実践したやり方、使用した素材、そこから作り出されたものについて思い出しながらできるだけ正確に話していく。アントガルは蒼太の話の中で気になったことがあると、そこで話を止め気になることに対しての考察を行っていく。蒼太たちが試した内容は多岐に渡っていたため、そのやりとりは昼になっても止まらずに続いていた。



 二人が時間を忘れて話を続けていたため、ディーナは台所を借りて昼食を用意していた。二人は隣のダイニングルームから漂う鼻腔をくすぐる匂いに気づいて話が止まった。


「二人とも気づかれたみたいですね、もうお昼になりましたよ。食事を用意したのであちらの部屋にどうぞ、勝手に台所と食材使わせてもらいましたが……いいですよね?」


 質問されたアントガルはダイニングルームに入って驚きを覚える。


「もちろん、使ったのは全然構わないが……よくあれっぽっちの材料からこれだけのものが作れたな」



 三人は席につくと、食事に手をつけた。蒼太とディーナはいただきますの挨拶をしたが、アントガルはその二人に首を傾げながら料理を口に運んでいた。ありあわせの材料で作ったディーナの料理は二人を満足させるだけのものであり、アントガルにいたっては久々に食べた誰かの手料理だったため、後半には涙を流していた。



 食事を終えて、蒼太とディーナがごちそうさまの挨拶をすると、今度はアントガルもそれにならって挨拶をした。


「いやあ、美味かったよ。俺も同じ材料で作ってるはずなんだが、こうはならんな」


「お褒め頂きありがとうございます。空腹は最高のスパイスと言いますから、それも大きな要因だったと思いますよ」


「いや、アントガルの言うとおり美味かったよ。久々にディーナの手料理を食べたけど、腕はなまってないみたいだ」


 謙遜するディーナに対して、蒼太が畳み掛けるように感想を言った。



「えっと、はい。ありがとうございます、私これ片付けるので二人はどうぞ戻ってお話を続けてください」


 そう返事を返し皿を片付け始めたディーナの頬は赤く染まっていたが、二人はリビングへと戻ったためそれに気づくことはなかった。


「ふふっ、よかった。美味しいって言ってくれた」



 リビングルームへと戻った二人は、今までに行った作成方法の確認と問題点のピックアップを再開した。千年の間に新しく考案された技術などを元にアントガルが問題点に対しての解決方法を提案していく。提案された方法を取り入れて行えば、おそらく以前よりは改善するだろうと予想できていたが、それらの方法であっても蒼太の求めるものを創るのは難しい。そう二人は判断していた。



 日が落ちた頃、十六夜を創った時の話まで進んでいた。


「これは、俺とラウゴがもうやけっぱちで創ったものだ。入れた素材の一覧はこれになる、金属だけじゃなく他のものも混ぜたからもう何がどう作用したのかもわからん」


 アントガルは蒼太が差し出したメモに書かれた一覧を順番に見ながら、起こりうる相互作用などを考えていた。


「これとこれは……いや、でもこっちの二つはありなのか……」


 蒼太は急かすことはせずに、アントガルの中で結論が出るのを待つことにした。それから数十分後、アントガルは顔を挙げた。



「わかった、一番最後の方法を色々いじればいけるかもしれない。まず、素材だが精霊の涙というアイテムをこれくらいの瓶にいっぱい。それから、火竜の鱗を数枚に竜鉄の塊があれば作れる、はずだ」


 精霊の涙は実際に精霊が流した涙ではなく、それほどの透明感を持った魔力水のことで市場に流れてくることは稀だった。火竜の鱗は、名前そのまま火の属性を司る竜の鱗のことをさしている。


「最初の二つはわかった、おそらく用意もできると思うし、使用用途も想像がつく。ただ……最後の竜鉄っていうのはもうしわけないが聞いたことがない」


 しかし、竜鉄という名前に蒼太は聞き覚えがなかった。



「その前に聞きそびれていたんだが、あんた本当に千年前の勇者なのか? 千年間生きていたってことか?」


 今更、そう口をついて出そうになったが全く説明していないことに気づいた蒼太はそれを飲み込んだ。


「そういえば言ってなかった。俺は千年前の魔王との戦いのために召喚された勇者だったのは間違いない。そして、元の世界に送還されたのも物語の通りだ。細かい部分は色々と違うがな」


「へー、すげーな。エルフとかならまだしも、千年前の人族の勇者とドワーフの俺が会ってるんだからな。いや、すげーよ」


 語彙がどこかにいってしまったのか、アントガルはすげーという言葉が増えていた。



「で、つい数ヶ月前に人族の国で勇者召喚が行われた。その時にその勇者たちの近くにいた俺は巻き込まれて再度召喚された。俺と千年前の勇者を結び付けるやつなんていなかったから、まだ正体はばれていないと思う。それからなんとか城から抜け出して旅に出たってわけだ。ちなみに言っておくが、元の世界で経過した時間は三年程度だった」


「ほえー、それでその若さなのか。元の世界で千年も生きてたなら若返りの秘術でもある世界なのかと思ったよ」


 アントガルは召喚が行われたことよりも、若さの秘訣に興味を持っていた。



「だが、それで合点がいった。竜鉄っていうのは千年前には発見されていなかった金属だ。竜なんて名前がついてはいるが、別段竜とは関係ない、いや関係あるのか? 何にせよそういう金属が新しく見つかったんだ。今から数百年前くらいだったかな? だからあんたが知らなくても不思議じゃないさ」


 今度は蒼太がアントガルの言葉に感心していた。


「そんなものがあったのか。新しい金属と聞くとわくわくしてくるな。どこで採れるんだ?」


 そう言った蒼太の顔には笑みが浮かんでいた。



「問題はそこなんだよな……」


 アントガルは難しい顔をしながらそう言った。

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