第114話
店の奥は、表の店の外観とは違い広かった。工房への入り口も見えたが、そちらではなく自宅のほうへと案内された。
「ほれ、茶でも飲んでくれ」
リビングルームに案内され、ソファでしばらく待っていると香りの良い紅茶が二人にだされた。
「ありがとうございます……うーん、いい香り。良い茶葉を使われていますね」
「お、ねーちゃん分かるか。これは、わざわざ他国から取り寄せたものでな。ドワーフの飲み物といえば酒っていうのが普通だから、これの良さを分かるやつが全然いなかったんだよ。ほれ、どんどん飲んでくれ。茶請けにクッキーも用意しよう」
ドワーフの男は台所へ行くと、クッキーを皿に乗せて戻ってきた。ティーポットにはティーコゼーを被せてあり、紅茶に対して強い拘りを持っているのが感じとれた。
「それで、さっきの話なんだが……」
蒼太が本題に入ろうとするが、ドワーフの男とディーナは紅茶の話で盛り上がっていた。ディーナも紅茶について語る相手がいるのがうれしいらしい。
「このティーポットにもこだわりがあってな、ガラス製のものを使ってるんだよ!」
「あー、いいですね。中の茶葉の動きが見えてすごく楽しいです。実家では銀のものを使っていたんですが、味はいいんですけど中が見えないのがちょっと……」
「いや、俺も最初は銀のポットを使ってたんだよ。たまたま、知り合いの商人がこのガラスのポットを見つけてきてくれてな。結構高かったんだが、一目ぼれして即決で買っちまったんだよ」
蒼太の言葉は二人の耳には届いていないようだったので、一息つくと彼は茶請けに出されたクッキーをもそもそと食べながら話がひと段落するのを待っていた。
「いやあ、ねーちゃんが話のわかる人でよかった。こんなに紅茶について熱く語れたのは初めてだったよ」
「私もです! 美味ければ理屈はどうでもいいっていう方が多くて……」
「そろそろ本題に入ってもいいか?」
長く続いた紅茶談義が落ち着いてきたのを見計らって蒼太が声をかけた。
「あっ? あー、悪い……完全に忘れてた」
「ごめんなさい、私もです」
二人はバツの悪い顔をしながら蒼太へと謝った。
「いいさ、二人が打ち解けてくれたみたいだし。美味い紅茶が飲めたのは事実だからな」
「わ、悪いな。そう言ってもらえると助かるよ」
ドワーフの男は頭を掻きながら再び頭をさげた。
「じゃあ、元の話に戻るぞ。刀のことだが、俺と一緒に創ってもらえないか? あいつの子孫であるあんただったら、力量には問題ないはずだ。他のやつかもしれないが、エルフの国の錬金術士に作った武器も見事なものだった」
蒼太の言葉に思い当たることがあったらしく、ドワーフの男は頷いていた。
「それなら、多分俺のひいじいさんだと思う。エルフの国で武器を作ってたって聞いたことがある。あの国で鍛冶をやる奇特なドワーフなんて滅多にいないからな」
ドワーフの男は昔を懐かしみながら、そのことを話した。
「そうか、あれを創る技術も高いものだった、と俺には見えた。そのひ孫なら、というわけでもないがこの部屋に来るまでにチラホラ見かけた武器にもレベルの高いものがあったのは事実だ」
「あれは……俺が昔創ったものだが、最近は全然やっていないんだ。どれだけのものを創っても、みんな俺のことを勇者の子孫っていう色眼鏡ごしにしか見ていない。俺は勇者の子孫なんて名前じゃない。親父のあとを継いでラウゴの名も引き継いだが俺の名前はあくまでアントガルだ!」
アントガルは今までに受けた周囲の反応に対して憤りを覚えており、それが圧し掛かってやる気を奪っていた。
「だったらちょうどいい、俺の作りたい刀はラウゴと一緒に創っても実現できなかったものだ。ラウゴの技術と同等のものだったら創ることはできない。俺が求めてるのはラウゴじゃなく、それを越える技術・才能・発想力を持つ者なんだ。それは、アントガル。お前しかいない!」
蒼太は立ち上がると、アントガルの肩を掴みながら自分の思いをぶつけた。
「うっ、でも、俺は……」
アントガルは蒼太の鋭い視線に耐えられなくなり、目が泳いでしまう。
「別に創れなかったからといってあんたを責めようなんてことはこれっぽっちも思ってない。少しでも可能性がある方法を試してみたいんだ。その中でもあんたと組めばその確率をあげられる、そう思っている」
実際にアントガルにどれだけの実力があるのか、それは蒼太には計りきれてはいなかったが、直感がこの男と一緒に創れ、そう訴えかけていた。
「いや、うーん、でもなぁ」
煮え切らないアントガルに対して、蒼太は切り口を変えることにした。
「だったら、別の話をしよう。まず俺が創りたい武器の話だ。刀という名の武器なんだがこれの特徴を表す言葉にこんなのがある。折れず、曲がらず、よく斬れる」
「折れず、曲がらず……そんなことが可能なのか? 折れないってことは、しなやかさをもってるってことだろ。でも、曲がらずってことは硬さを持っているってことだ。しなやかで硬い、そんな金属は思い当たらない……あれなら柔らかいが……」
アントガルは腕を組み、考え込んだ。
「それを解決する策は持っている。製法に秘密があってな。ただ……千年前にそれに近い方法でラウゴと創ろうとしたんだが、結果はさっき見せた紛い物ができただけだった。これはこれで悪くはないんだが、俺の求めるものとは違ったんだよ」
そう言い、テーブルの上に十六夜を置いた。テーブルの上にあった皿やカップなどは二人が話している間にディーナが片付けていた。
「これは十六夜という名前だ、まあさっきも見せたわけだが。俺とラウゴは試行錯誤した末に、持っているものを色々と適当にぶっこんで、最終的に偶然できたのがこれだった。これはいわゆる魔剣の一種でな、俺が作りたいのは限定された状態以外でも使えてるものなんだ。それと、この刀身を見てもらえればわかると思うが刃紋がない、反りも余りないしどちらかというと剣に近いこしらえになっている」
刀身を眺めながら、蒼太は目を細めていた。
「これはこれで立派だと思うが、あんたが納得いっていないのも何となくだがわかるような気もする」
アントガルも十六夜をみながら、感じるものがあるようだった。
「あぁ、だから俺は納得のいくものを創りたいんだ」
蒼太は、もう一度アントガルの目をみながらそう言った。
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