第110話



 アルノートは通常業務に戻っており受付の司書に事情を話すとすんなりと再会することが出来た。


「それで、わざわざ私のところまで来ていただいたのですか。ありがとうございます」


 アルノートは旅立ちの挨拶をする相手に選んでくれたことを嬉しく思い、自然と笑顔になった。


「アルには世話になったからな。アルがいなかったらもう一週間はかかっていたかもしれない」


「さ、さすがに一週間は言い過ぎですよ。その見通しになったところでルードが何とかしていたと思います」


 蒼太の言葉にアルノートは友の顔を浮かべながら苦笑していた。



「私たちがそう言いたくなっちゃうくらいアルノートさんの功績は大きかったってことです。ありがとうございました」


 ディーナも頭を下げながら礼の言葉を口にした。


「いえいえ、私の力なんて微々たるものですよ。お二人の熱意と、みんなの食欲の勝利です」


 アルノートは冗談を言いながら微笑む。


「食欲は確かに否定できませんね」


 ディーナは少し真剣な表情で、皆でレストランへ行った時のことを思い出していた。


 午前の作業に集中し、昼の鐘が鳴ると皆が皆スイッチが切り替わったかのように作業を中断して、レストランへ向かう準備をしていた。最初は蒼太とディーナとルードレッドの三人だけだったが、まずアルノートを誘い、それからルードレッドの部下たちにも声をかけ最後には大人数で行くようになっていた。



「まぁ、紹介したかいはあったよ。俺たち無しでたどり着けるのが何人いるのかはわからんが」


 ルードレッドの部下たちは、個人的に何度か行こうとしたが迷ってしまい結局たどり着けなかったとの話を何度か聞いていた。


「そうですね、私は行けるとは思いますがちょっと迷うかもしれません。それくらいにはあのお店への道は複雑です。味は最高なんですけどねえ……」


 蒼太たちはカウンターの近くで話していたため、カウンター内で作業している司書たちには漏れ聞こえており、彼らは心の中で司書長に連れて行ってもらおうと強く決めていた。



「さて、王城にも行く予定だからそろそろお暇させてもらおうか。出来れば昼過ぎまでには出発したいところだからな」


「あー、何もお構いできなくて申し訳ないです。奥の部屋でお茶でも出せばよかったのですが」


 アルノートは軽く頭を下げ謝罪をしたが、蒼太がその動きを手で制した。


「気にしないでくれ、そもそも勤務中にいきなり押しかけたのは俺たちのほうだ。仕事の邪魔をして悪かったな、またこの街を訪れたら寄らせてもらうよ」


「今度来た時は、ゆっくり物語でも読ませてください」


 蒼太とディーナはアルノートに別れを告げ、他の司書にも礼をしてから図書館を後にした。



 王城に向かうと、城門でルードレッドへと取次ぎをしてもらえることになった。衛兵たちとも顔見知りになっていたが、さすがに上の許可なくフリーパスで入城させるわけにはいかなかった。しばらく城門で待っていると、中へと連絡に向かった兵士が戻ってきた。


「お待たせしました。申し訳ありません、大臣は今取り込んでいるようで会う時間は作れないようなんですが」


 蒼太はその答えを予想していたため、驚きはなかった。


「まぁ、そうだろうと思ったよ。だったら、後でもいいからこの手紙を渡してもらえると助かる。頼めるか?」


「承知しました、必ずや私がお渡しします」


 衛兵は手紙を受け取ると敬礼をした。他の衛兵たちも自分たちが受け取ったのを確認したと頷いた後、蒼太とディーナへと敬礼していた。蒼太とディーナも敬礼の真似事をして返礼とした。



「さて、それじゃレストランに戻って昼飯を食べたら出発するか」


「うん、行きましょう。きっと色々作ってくれてるはずです、楽しみだなあ」


 ディーナは歩き方に、料理への期待が表れており鼻歌まじりにスキップしていた。




 レストランにたどり着くと、かけられた札は閉店のままだった。


「えーっと、入っていいんですかね?」


「まぁ、俺達が架け替えてそのままだろうから大丈夫、なんじゃないか?」


 扉をあけ入ると、テーブルの上は料理での皿で埋まっていた。それを見た二人は驚愕する。


「こ、これは一体……」


「もしかして全部私たちの分なんでしょうか……?」


 二人が呆然と立ち尽くしていると、次の料理を手にしたゾフィがフロアへと出てきた。



「あら、二人ともお帰りなさい。料理はできてますよ!」


 そう言ったが、後ろからはシルバンが別の料理を運んでくるところだった。


「そうだ、次々にできている。現在進行形だ」


 テーブルは埋まっていたため、椅子の上にまで料理が並べられていく。


「こ、これ全部俺たちのか?」



「もちろんです! まだ他にも作ってるから、料理をバッグにしまってもらえると助かります」


「さぁ、次だ次」


 二人はそれだけ言うと再び厨房へと戻っていった。


「……とりあえずしまっていくか」


 二人は厨房に入ったままで、こちらを確認できないが念のため蒼太はマジックバッグを経由して亜空庫へとしまっていく。それからしばらくは料理が出来る、フロアへ運ぶ、それをしまう。この繰り返しになったが、五十皿をこえたあたりでゾフィとシルバンはフロアの椅子へと腰をおろした。



「ふー、これでしばらくは食えるだろ」


「久々にこんなにたくさんの料理作ったから、少し疲れましたね」


 ゾフィとシルバンは満足そうな顔で休憩を始める。


「あー、なんていうか……助かるよ。これだけあれば旅の道中でも美味い飯にありつける。これはお礼だ受け取ってくれ」


 蒼太はいつも食事をする際の料金のほぼ倍額の貨幣を袋にいれて、テーブルへと置いた。


「おいおい、これは俺たちが勝手にやったことなんだから金はもらえんよ。しかも、お前多目に金をいれてるだろ」


 シルバンは袋の中身を確認していなかったが、これまでの蒼太の性格や袋を置いた音の重量感からそれを予想していた。



「そうはいっても、これだけの料理を用意してもらったんだ。対価は必要だろ。それに多目にいれたのは、この短時間で作ってくれたことへの感謝の気持ちだ。それこそ受け取ってくれないと困る」


 シルバンは金を返そうとするが、蒼太は頑として受け取る様子を見せなかった。


「もし、多いと思うのなら俺達のお昼をその疲れた身体で作ってくれ」


 蒼太は笑みを浮かべながら、シルバンにそう言った。



「ははっ、わかったよ。余剰分の料金は次回以降のぶんの支払いに回してやる、それから昼飯だと? 腕によりをかけてやろうじゃねーか!!」


 シルバンは、にやりと笑い先程までの疲れは見せず腕まくりをしながら元気よく厨房へと戻っていった。

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