第109話
ディーナは一度自分の部屋へと戻り、身支度を整えてから蒼太の部屋へと戻ってきた。
「ソータさん、昨日は本当にごめんなさい。私、動揺しちゃって……」
「気にするな、俺も思わず強く握り締めて掌を怪我したくらいだからな」
蒼太はそう言って、布を巻いた右手をディーナの前に出す。
「あー、もう早く言ってくださいよ! ほら、こっちに手を出して」
ディーナは巻かれた布を外し、傷口に手を当てると回復魔法をかけていく。聖女と呼ばれたフランシールの教えを受け、その後も鍛錬を続けていたディーナの回復魔法は、フランシールに見劣りしないレベルまで昇華されていた。
「バルザと戦った時に比べて、格段に魔法がスムーズになったな」
魔法の発動から、効果が出るまでの速度が以前に見た際と比較して格段に上がっていることに蒼太は驚いていた。
「これでも封印されるまでずっと訓練を続けていましたからね、それに師匠が優秀ですから」
ディーナはフランシールのことを懐かしみながら、我がことのように胸をはった。蒼太はその様子をみて、先程まで口にしようと思っていた言葉を飲み込んだ。
フランシールのその後については長老の手帳にも書いていなかった。一体フランシールはあのあとどうなったのか? 気になることではあったが、答えの出ないこの問いは今するべきではない。蒼太はそう判断した。
「ディーナの回復魔法が優秀なのは今後旅をするうえで助かる。俺は回復魔法だけはからっきしだからな……それで、次の俺たちの進路なんだが」
「竜人族の居場所を知っている人を探すか、小人族の集落めぐりですかね?」
ディーナは人差し指を頬にあて、首を傾げながら質問した。
「いや、どっちも手がかりが乏しいから別の切り口から動いていこうと考えている。俺たちがまだ行っていない国でその二つ以外」
「……ドワーフ族の国、ですか?」
ディーナは少し考えてから答え、蒼太はその答えに満足そうに頷いた。
「ご名答。長老は道を示してくれたけど、自由に選べって言ってただろ? だから、俺はあいつと一緒に作ることが出来なかった武器を作りあげるためにドワーフ族の国に行こうと思う。おそらく長老のことだ、この国の次にドワーフ族の国にも行っただろうからそっちでも何か知ることができるかもしれない」
後半は蒼太の予想と希望的観測によるものが大きかったが、あながち外れていないのではないか? そういった考えも確かにあった。
「そうですね、ドワーフ族の国も行ったことないので楽しみです!」
ディーナは蒼太との旅を楽しんでいるため、どこを次の目的地に選んだとしても反対するつもりはなかった。また、あまりに楽観的過ぎるため口にはしなかったが長老の動向についての考えには同意していた。
「さて、それじゃ早速旅の準備でも始めるか。また挨拶まわりが主になるだろうな、といっても城とレストランくらいか」
「あと、図書館の司書さんにも挨拶しないと。お城でたくさん手伝ってもらいましたからねえ、あの人がいなかったらまだ終わってないかも……」
「そういえばそうだったな、アルノートには礼を言わないと」
蒼太はディーナの言葉に大きく頷いた。
「じゃあ、行きましょうか」
ディーナは自分の鞄を肩からかけると、立ち上がる。
「まずは、レストランから行って、次に図書館、最後に城の順番で行くか。城のほうは忙しそうだったら、この手紙を渡してもらうように頼んでおこう」
「準備いいですね、昨日書いたんですか?」
蒼太はディーナの問いに頷く。
「あぁ、万が一を考えてな。大臣が業務時間のほとんどを俺たちに費やしていたから、今頃はきっと忙しいだろう」
書庫で作業をしていた数日間、ルードレッドとアルノートはずっと書庫で手伝っており蒼太たちと共にレストランにも通っていた。
「となると、アルノートさんも忙しいかもしれませんね」
「あー、その可能性はあるか。まぁそっちは別の司書に伝言を頼んでおけばいいだろ」
「ですね」
二人は話しながらも宿の受付へと向かっていた。受付にたどり着くと、本日で宿を出ることと料金の精算をする。馬車とエドは街を発つ時まで預かってもらえることになった。
「長い期間、お泊り頂きまことにありがとうございました。またこの国へ立ち寄られた際には、再び当宿屋を選んでいただけるよう今後も精進してまいりたいと思います」
そこまで言うと、近くにいたスタッフが集まってきた。
「「「「「ご利用、ありがとうございました」」」」」
そして、号令はないにも関わらずぴたりと揃った挨拶で蒼太とディーナを見送った。
「なんか、すごかったな」
「ですね」
宿の外に出ると、宿の扉を振り返り頷きあう二人だった。
蒼太とディーナは話の通りにまずレストランへ挨拶に向かった。
「あら、いらっしゃいませ。今日はお二人とも早いですね」
昼時までまだしばらく時間があるため、少し意外そうな顔で二人を出迎えた。
「今日は食事に来たわけじゃないんだ、この国を発つ予定になったから挨拶にと思ってな」
「あらあら、遠くに行くんですか?」
ゾフィは口調からは感じ取れないような驚きの表情を浮かべて、質問をした。
「ドワーフ族の国に行こうと思ってる」
「そ、そんなに遠くに……あなたー、あなたー、こっちに来て下さい!」
ゾフィは行き先に驚くと、シルバンを呼びに厨房へ行く。
「なんだなんだ、昼間っからでかい声を出してっと、ソータとディーナじゃないか来てたのか」
ゾフィの呼びかけにフロアへと出てきたシルバンは、二人に気づいた。
「あぁ」
「こんにちは」
「そんなことより、あなた。ソータさんとディーナさんがこの国を出てドワーフ族の国へ向かうんですって!」
「なっ! 本当か?」
ゾフィの言葉にシルバンも驚き、蒼太達に確認をする。蒼太とディーナは揃って頷くことでシルバンの質問を肯定した。
「い、いつ?」
「挨拶まわりが終わったらすぐにでも」
蒼太の答えに二人は更に驚いた。
「す、すぐにだと!? お前、そりゃいくらなんでも急すぎないか?」
「うーん、まぁ次の目的地が決まったからな。俺の国には思い立ったが吉日という言葉がある。何かしようと思ったらすぐに行うのがいいって意味なんだが、まぁそういうことだ」
ディーナは蒼太の言葉に頷く。ゾフィとシルバンは未だ驚きの最中にいたが、シルバンは一足早く現状を把握する。
「わ、わかった。お前達が旅に出るのは確定。それはいい、だが挨拶まわりをするならまだ時間はあるんだよな?」
「まだ、お城と図書館に挨拶に行くのでしばらくは街にいることになります」
シルバンの質問にディーナが答える。すると、シルバンは少し考え込むような表情をした。
「……よし、わかった。お前らが挨拶まわりをしている間に手土産として料理を作ろう。確か時間停止機能のついているマジックバッグを持ってるんだよな?」
蒼太とディーナはその提案に目を輝かせた。
「まじか! 是非頼む! マジックバッグはあるし、容量もまだまだあるからいくらでも入るぞ!」
「楽しみです、是非お願いします!!」
二人の喜びようにシルバンは満足そうに頷くと、厨房へと向かい料理に着手した。
「わたしも!」
ゾフィもデザートを作るために、厨房へと入っていく。
「あ、店から出るとき。扉のとこの札を閉店に架け替えといてね」
ゾフィは一度顔だけ厨房からだし、それだけ頼むと調理へと戻った。
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