第108話
「とりあえず、長老が残した情報っていうのを解析していこう」
宿に戻り、手帳を取り出すと蒼太は部屋の中央にあるテーブルの上に手帳を乗せ中身の精査に入った。
「そうですね、私は一応別の本を見てみますね」
ディーナは、部屋に備え付けてある机で本を読み進めていった。
数時間後、蒼太はノートに一通り目を通し終えると内容をまとめる。実際に記述されている内容は長老の思ったことや、旅の中で気づいたこと、中には何を食べたかなどほとんど日記のようなものだった。その中から、話の核になる部分をピックアップしていく。その内容はこの国へ来る前にディーナが予想していたものと大きな違いはなかった。
小人族長老のグレゴールマーヴィンは竜人族の国を訪れた。竜族の勇者が命を落としたのは魔王の手によるものでも、ましてや蒼太によるもでもないと伝え、そして宝を時の王へと手渡した。命を落とした彼は一族の中でも力が強く、過去の戦争を生きぬいた戦士であり皆から英雄として慕われていた。にも関わらずきどった部分がなく、誰にでも分け隔てなく接する人格者であった。その彼を失った一族の者たちは、どこの誰とも知れない者に命を奪われたことを納得できず目の前にいる長老に辛くあたった。
識者などに情報を伝えるためにしばらく滞在していたが、そろそろ国を離れようとした頃には反省した者たちから謝罪の言葉などがあった。長老自身は助けられずにただ呆然とその場を見ているしかなかった自分に強い後悔があったので、責められるのは当然と思っていたため、辛い思いをした彼らを責めることはしなかった。
次に小人族にも同様の情報を伝える。万が一自分が生きていることが知れた場合に、情報の重要性から自分だけでなく真実を知る一族にまで手が伸びる可能性を考え、小人族が生き残れるように国を分割し集落にすることを命じた。当初はその言葉に反発する者も多く、再び一族を率いて欲しいと言う意見が大多数を占めていた。しかし根気強く皆に話を続け、自分がこの国に残ることができないことを伝えていった。
話を続けても反対する者が未だ存在していたが、結果として大半が長老の命に背くことなく受け入れたため、そのまま一族は別れて暮らすこととなった。
もしこの二種族の中でも中核に存在する者とコンタクトがとれれば、有用な情報が得られることは想像に難くなかった。しかし、竜人族の居場所が不明なこと、小人族がバラバラに別れてしまったためどこを目指せばいいのか明確な指針が得られない。この二つは依然変わらず最大の問題点として存在していた。
「色々とわかったが、やはりディーナが予想していた通りだったみたいだ」
「そうですか。じゃあ、やっぱり長老はいつかソータさんに情報が伝わるように色々と残していってくれたんですね」
蒼太はディーナに首を横を振ってみせる。
「え? 違うんですか?」
「あぁ、俺にじゃなく、俺たちに伝わるようにみたいだ」
蒼太の言葉に、ディーナは首を傾げた。まさか自分も含まれているとは思っていなかったらしい。
「たち、ということは私にもということですか? でも、なんで……」
「長老は魔王城から逃げたあと、しばらく身を隠していたらしい。それも年単位でな。ほとぼりが冷めるのを待ったのと、自分の身も傷ついていただろうから静養も兼ねていたんだろうな。そしてその後行動を始めることになる」
そこまで言うと蒼太はノートのあるページを開き、ディーナへと見せた。
「竜人族、小人族、そしてここ獣人族それぞれの国に向かう前に、最初に行ったのがエルフの国だった。そして、長老が目にしたのは……ディーナ、お前が魔水晶に封印されているところだったそうだ」
ディーナは蒼太の話を聞き、思わずノートを手に取った。そのまま蒼太が開いたページから数ページ先までじっと読み進めていく。気づけばディーナの目には涙が溢れていた。そこには彼女に対する長老の思いが綴られていたからだ。
「長老は自分たちのせいでディーナが封印される責を負ってしまったと考えたみたいだな。仲間の家族に辛い思いをさせたことが悔しくてたまらなかったみたいだ」
淡々とした口調で話す蒼太の右手は強く握りこまれており、そこにはうっすら血が滲んでいた。
「だが、それを見た時にディーナがキーアイテムとして記憶石を持っていることにも気づいた。その封印を解けるのは長老か俺だけ、そして長老はその封印を解くことはしなかった。つまり、俺が再度この世界に召喚されることを信じて、いつかディーナの封印を解くのを待つことにしたんだ」
右手に血がついてることに気づいた蒼太はそれを適当な布で拭き、反対の手でディーナの頭を撫でる。
「ソルディアが死の間際に残した記憶、長老が残してくれた真実へといたる道筋。俺たちは千年後になってもあの二人に助けられているみたいだな」
ディーナは蒼太の手の下で涙を流したまま大きく頷いていた。
泣き止まないディーナをベッドに座らせると、しばらくした後蒼太にもたれかかったまま眠りについてしまう。蒼太はディーナをそのままベッドに寝かせることにした。
「全く、千年経ってまでディーナを泣かせるなっていうんだ」
ディーナの頭を軽く一撫でし、一言長老へと恨み言をつぶやくと机へと向かった。蒼太は先程までディーナが読んでいた本を夜が明ける頃まで読み続けていた。
翌朝、ディーナは目を覚ますと蒼太が椅子に座って寝ていたため驚くこととなった。
「えっ? なんで? もしかして、昨日あのまま……」
ディーナは自分がやらかしてしまったことを思い出し、両手で顔を覆った。
「……ん? ディーナ、起きたのか。おはよう」
「そ、ソータさん! お、おはようございます。昨日は、その……ごめんなさい!」
大泣きをした上、そのまま蒼太のベッドをとってしまったことのショックを受けていたところに、その蒼太の挨拶があったため混乱は更に増していた。
「ん、いいさ。昨日のは仕方ない、気にしなくていい。それより、そういう素が出てるほうが堅苦しくなくていいな。昔を思い出すよ」
「うぅ、だって……私を救い出しくれるって信じてたら本当にそうしてくれたし、しかも前に会った時より背も大きくなってて顔つきも大人びてるし……。私だけが昔のままじゃ子供っぽいって思われるんじゃないかと思ったら、って全部言っちゃった!!」
ディーナは顔を真っ赤にすると、顔を布団に勢いよく埋めた。
「ははっ、そういうほうがディーナらしくて俺は好きだよ。あんまり気にしないで素のままのディーナでいてくれていいさ。これからずっと一緒に旅をしていくんだからな」
蒼太の言葉にディーナは一度顔をあげるが、更に顔が真っ赤になり再び布団で顔を隠してしまった。
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