第82話
告白の声は大きく一瞬静まり返ったかのように思えたが、ディーナの即答に再度食堂は沸きあがった。
「にいちゃん、元気出せ! ほら飲もうぜ!!」
白虎の男は放心状態になっており、別の客に抵抗なく連れて行かれ、そのままヤケ酒をあおることになった。
「ソータさん、食事にしましょ」
ディーナは何事もなかったかのように笑顔で蒼太の手を引っ張っていく。ディーナの前方は波が引くかのように通り道ができていき、一つのテーブルまでたどり着いた。席につくと、初めてディーナは怒りをあらわにした。
「全く失礼な人ですね、初めて会っていきなり結婚だなんておふざけにも程があります」
「案外本気だったのかもしれないぞ?」
必要はなかったが、蒼太を助けようとしてくれたことに免じて男のフォローをいれた。
「本気だったら尚更悪いです! よく知りもしないのに……それに、私はソータさんが」
後半は蒼太には届かない声でぼそぼそとつぶやく程度だった。
「ん? 何か言ったか?」
「いえいえ、何でもないです」
ディーナは勢いよく首を横に振った。
「それより、ソータさんは何とも思わないんですか? 私があんなことを言われても」
「……まぁ、断るのはわかってたからな。何か思うと言うより、無駄なことをしてご苦労様とあいつに言ってやりたいくらいか。言わないけどな」
蒼太は一瞬きょとんとした顔になったあと、ディーナの質問に答えた。
その答えを受けたディーナの中でどういう結論にいたったかは不明だが、その結論はディーナの顔を真っ赤にさせていた。
「せっかくタダだっていうんだから、注文をしよう。すいません」
蒼太は手を挙げて店員を呼んだ。騒がしい店内でも声が通るように風魔法で補助したことで、その声は店員の耳へとスムーズに届いた。
「はい、ご注文を伺います」
「これと、これと、あとこれと……ディーナは何にするんだ?」
話を振られたディーナは慌ててメニューを確認した。
「え、えっと私は、これと、これと、それからこれをお願いします」
「はい、それでは少々お待ち下さい」
注文を確認すると、店員は厨房へと走っていった。
「それにしても、あの白虎の男も騒がしかったな。俺に絡んできた男から俺をかばったり、かと思いきやディーナに結婚を申し込んだり……」
「本当です。ああいう人はちょっと苦手です」
ディーナは不満そうに頬を膨らませていた。
「悪いやつじゃないんだろうけど、猪突猛進タイプだよな。あいつに少し似てるかもしれないな」
蒼太は、仲間だった獣人族のことを思い出しながらそう口にした。
「ぜんっぜん! ちっとも似ていないです!! バルザさんのほうが何百倍もいい人でした!!」
ディーナは怒りが収まらずに腕を組み、さらに頬を膨らませていた。
「わ、悪かった。今のは失言だった、謝るから落ち着いてくれ」
バルザは獅子族の英雄で、武闘大会で何度も優勝しており、強きをくじき弱きを助けるを地でいく男でディーナにも優しくそれゆえに彼女も彼に懐いていた。ただ、彼には欠点があり、たまに話を聞かずに揉め事に首を突っ込んでは余計に話をややこしくすることがあった。
「それよりあれだ。聞いた話だが獣人国で武闘大会があるらしい、おそらくバルザが昔優勝した大会だと思う」
「ほんとですか! 今でも続いているなんてすごいなあ。見たいなあ」
ディーナはバルザが出た大会への思いを募らせていた。
「……まぁどうせ王都に行ったら武闘大会一色だろうから、入場出来たら少し見るのもいいかもしれないな」
「いいですね! 入れるといいなぁ……」
ディーナの表情は先程までとうってかわって明るいものに変わっていた。
そんな雑談をしていると、食事が運ばれてきた。出てくる早さに蒼太とディーナは驚くが、次々に注文が入るので厨房では注文が入る前にどんどん作っており、その為どんどん食事が運ばれていた。
「さて、まずは夕食を頂こうか。料金は気にしなくていいってことだから、足りなかったら追加注文していいぞ」
「はい!」
二人は昼食を摂らずに街へ来ていたため空腹だった。注文した食事を食べ終えると、蒼太が更に二品、ディーナはデザートを一品追加で注文することとなった。
蒼太達が食べ終える頃になっても、酒場の盛り上がりはやむどころか更に盛り上がりを見せていた。その中心には白虎の男がおり、飲み比べ対決、大食い対決、腕相撲対決と次々に行い場を盛り上げていた。
「よくやるな」
蒼太がそれを尻目に席を立つと、ディーナも蒼太の後に続いた。二人は気配をおさえてその場を後にしたため、それに気づくものは少なく声をかけられることなくその場を後にすることが出来た。
隣り合ったそれぞれの部屋の前にたどり着くと、蒼太はディーナに声をかける。
「ディーナ、明日は少し早めに出よう。そうすればすいているはずだからな」
「あー、確かにそうですね。武闘大会で混むでしょうから、そのほうがスムーズに王都まで向かえそうです」
ディーナは蒼太に同意する。
「それじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
翌朝
二人が宿で朝食を摂り、チェックアウトする頃、他の泊まり客のほとんどが昨日の宴の影響でベッドから出られずにいた。
「さぁ、王都に向かって出発するか」
蒼太は馬車に乗り込み、手綱をとる。
「はい、いきましょう!」
ディーナは馬車の中で蒼太の声に返事をする。
「ヒヒーン!」
エドは蒼太に返事をし、歩を進めた。
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