第81話



 蒼太と男達の間に現れた獣人族の男は蒼太を庇うように位置し、振り返り蒼太に笑顔を見せた。


「大丈夫か、ここは俺に任せておけ!」


「いや、俺は……」


「てめぇ何者だ! 俺達の邪魔をするとはいい度胸じゃねえか!!」


 三回続けて言葉を遮られた蒼太は好きにやってくれと投げやりになり、カウンターの店員へと近づいていく。



「で、あいつらは誰なんだ?」


 争う男達を放置し、蒼太は店員へ話しかけた。


「お、お前この状況で俺に話しかけるとはいい度胸してるな。まぁいい、先にお前に絡んできたやつらはクラン『レッドブロウ(赤き一撃)』のメンバーだ。クランリーダーはSランクの剣士だが、あいつらは最高でもBランクのパーティってとこだろうな」


 そう言われて男達を確認すると、鎧やマントなどに同じシンボルマークが入っていた。



「なるほどな、じゃあ途中で乱入してきたあいつは何者なんだ?」


 おそらく白虎の獣人ということはその見た目の特徴から一目瞭然であり、今現在次々に男達をなぎ倒していく様子からその実力も相当なものだと言うことは理解できていた。しかし、蒼太の最大の疑問は一体何者なのかという部分であった。


「俺もあいつを見るのは初めてだな、確か獣人国の部隊長の一人が白虎族のはずだが……いや、あいつは若すぎるな。すまんな、わからん。しかし、あの動きは只者じゃないな」


 白虎の男は次々にレッドブロウの面々を倒し、最後に残ったのは最初に蒼太に絡んできたパーティリーダーの男だった。



「て、てめぇよくもやりやがったな!」


 男は自分達がやろうとしていたことを棚にあげ、白虎の男を睨み付けた。


「あとは、お前だけだ。さっさとかかってこい!」


 睨まれた白虎の男は、残った男を挑発した。酔っ払っている男に冷静な判断を求めるのは難しく、腰の剣を抜き白虎の男へと襲い掛かろうとした、がそれは別の剣によって止められることになった。



「そのへんで止めておけ。これ以上店に迷惑をかけるようなら、お前らは追放にするぞ」


 静かに、だがどこか迫力のあるその声は男を動けなくするのに十分な力を持っていた。


「り、リーダー。すまなかった、酔っ払って気がでかくなっちまってた……」


 残った男の言葉通りであれば、止めたのはレッドブロウのクランリーダーであった。


「謝るのは俺にか?」


「い、いや。マスター迷惑かけてすまなかった、それにそっちの小僧と白虎の小僧も悪かった」


 残った男はリーダーに言われるままに店員、白虎の男、蒼太へと頭を下げた。



「と、こいつは言っているが許してもらえるか?」


「壊したテーブルや椅子を弁償してくれるなら許そう」


 店員が最初に返事を返す。


「俺はなんか気が抜けちまったから、どうでもいいわ」


 次に白虎の男が返事を返す。すると皆の視線は自然と蒼太へと集まった。


「俺は最初からただ巻き込まれただけだし、被害も受けていないからな。許すも何もないさ」


 蒼太は肩を竦めた。



「俺からも三人と、この場にいる全員に謝罪をしよう。うちの者が迷惑をかけてすまなかった。お詫びに、今日の酒代・メシ代は俺が持とう。皆好きなだけ食って飲んで騒いでくれ!!」


「「「「おおおおおおおおおぉぉ!!!」」」」


 リーダーの言葉に店中が沸き立った。


「マスター、支払いはこれで足りるかな?」


 リーダーは金の入った袋をカウンターに置いてマスターへと渡すが、中身を確認したマスターの顔色が変わる。


「お、おいおい、こりゃ多すぎる。こんなにはいらんよ」



 マスターはそれをリーダーへと返そうとするが、リーダーはそれを手で止める。


「いいんだ。今晩のみんなの酒代、それとテーブルと椅子の弁償、それから店への迷惑料ってことで受け取ってくれ。もし余るようなら、次またうちの馬鹿が何かやらかした時、少し大目に見てくれればいいさ」


 そう言って片目をつむる動作は実に様になっていた。



「二人も、是非食べていってくれ。そして、こいつらの非礼を水に流してくれると助かる」


「い、いいのか? へへっ、悪いな。うおぉぉぉ、食うぞーーー!!!」


 白虎の男は食事につられ、席へとつき気合をいれていた。


「君もどうだい? 彼は食べにいったみたいだけど」


「連れがいるんでな、部屋に戻らせてもらう」


 男の笑顔にどこか胡散臭いものを感じた蒼太は、ディーナの部屋へと向かおうとしたがそこに更に声をかけてきた。


「お連れさんも一緒にどうぞ、今夜の支払いは既に終えているからね」


 蒼太は振り向かずに軽く右手を挙げて答えるに留めた。



 蒼太はディーナの部屋の前まで来ると扉をノックをし、ディーナが鍵を開けるのを待ってから部屋の中へと入る。ディーナは既に装備を外し、普段着に着替え終えていた。


「おかえりなさい、ソータさん……何かありました?」


 蒼太の表情から変化を感じ取ったディーナが質問をした。



「あー、わかるか。大したことじゃないんだが、酔っ払いに絡まれたと思ったら獣人族の男が助けてくれた。そこに酔っ払い連中の親玉が現れて仲裁に入った。その結果、仲間が迷惑をかけたからそいつのおごりってことで、食堂では宴が繰り広げられている」


「あらあら、ソータさんもよくよく色々な方に絡まれますね。昔、城に来た時も確か騎士の方に絡まれてた記憶が……」


 ディーナは昔のことを思い出しながら楽しそうに話すが、蒼太の表情は冴えなかった。


「何でなんだろうなあ、さっきなんか俺が何も言ってないのに絡まれるところから宴まで一気に話が進んだんだからな」


 自分の意見を全く挟まずに話が進んだことを思い出すと、蒼太は辟易とした表情になっていた。



「うふふっ、それは見たかったですね」


「勘弁してくれ。それより、今日の食事代は全てそいつ持ちらしいから下で少し遅めの夕食でも食べようか。少し騒がしいかもしれないが……」


 蒼太は食堂を出た時に背中から聞こえた大騒ぎを思い出したため、一言付け加えた。


「楽しそうでいいですね、せっかくのご厚意ですし行って見ましょうか」


「そうだな、行くか」


 蒼太はディーナの笑顔を見たことで少し元気を取り戻し、先ほど出てきたばかりの食堂へと戻っていく。



 二人が食堂の入り口に着くと、宴も最高潮といった感じで歌を歌う者、踊りを踊る者、テーブルに皿を積み重ねていく者、飲み比べをする者など様々だった。


 そこへ白虎の男が蒼太に気づくと手を振り声をかけてきた。


「おーい、あんた。あんたもこっちで一緒に食おうぜ、連れの人も一緒に……」


 そこまで言うと男はぽかーんと口を開けて蒼太達を、正確にはディーナを見ていた。



「どうした?」


 誘いに乗って近くまで来た蒼太が声をかけると、彼は正気を取り戻した。


「言われた通り来てみたぞ……ってどこを見てるんだ」


 男は蒼太を無視してディーナの前まで行くとひざまづいた。


「俺と、結婚してくれ!!」


「嫌です」


 男の告白はわずか1秒で玉砕することとなった。

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