第79話



「グレヴィン……まさかですね」


 ディーナは息を飲んだ。


「あぁ、まさかだな」


 蒼太は頷く。



「俺が考えた没ネームを使うとはさすがネーミングセンスのない長老だけのことはある」


「ですね、他にも色々あったでしょうに……でも、なんか嬉しいです。長老さんが生き残っていたんですね」


 グレゴールマーヴィンという名前をそのまま使えば小人族の長老であり勇者だと一発でばれてしまうことを危惧したのであろう。そんな彼が仲間内に伝わるようにその名前を選んだことはわかっていたが、それでも長老のことを茶化すことで、らしさを思い出していた。二人が彼のことを長老と呼ぶ様子からわかるように、愛称を決めたものの誰もそれで呼ぶものはいなかったため、グレヴィンの下りを知るものも蒼太達勇者のメンバーか、話を聞いたことのあるディーナなど一部のものだけであった。



「情報は以上、ですかね?」


「そうだな……とりあえずこんなところか」


 その確認をすると、お互いの情報が書かれた用紙に目線を落とした。


「あとは、どこから手をつけるかだが……竜人族を探すか、小人族の集落を順番に巡るか、もしくは」


「獣人族のところへ行くか、ですね」


 ディーナが蒼太の言葉の続きを答え、蒼太はそれに頷いた。



「竜人族は行方知れず、小人族もどの集落に行けば正解なのかわからないし、少し広がりすぎているから他に向かうついでに小人族の集落も行くほうが効率的だろうからな」


「じゃあ、獣人族領に向かいながら道中で近くに小人族の集落があればそちらにも行くという形ですかね?」


「そうなるか。ただ、問題は獣人族領に行っても何も情報を得られない可能性もあるってとこだな」


 蒼太は頭を掻きながら、効率的といいつつ最も非効率になりそうな展開を口にした。



「獣人族の寿命は人族より少し長いだけですから、当時のことを今でも知っている方はいないでしょうし、子孫に伝えるにしても千年の時はさすがに長すぎます……」


 長老の残した本が獣人族に伝わっていたが、現在では人族に伝わるものと同じ内容が主流になっているため、本を渡された者がその後の者たちへ伝えていたかは怪しかった。


「どうする? と言っても選択肢は少ないがな」


 蒼太はほぼ決まりきっている目的地に、何か情報以外の意味を持たせたいと思いディーナに振ってみた。



「……私個人としては、獣人族の国へ一度行ってみたいとは思います。恥ずかしながらエルフの国から出たことがなくて、この街に来たのも実はすごくわくわくしていました。見たことのない物がたくさんありますし、エルフ以外の方がたくさんいるし、なんて言うかすっごく楽しいんです」


 ディーナは頬を少し紅潮させ、興奮しながらそう答えた。


「ディーナに聞いて正解だったな。俺は召喚される前、今度はやりたいように自由に生きたいと思ってたんだ。だったら、寄り道するのも自由だったんだよな……よし、獣人族領に向かおう。長老の情報がなかったとしても、色々見てまわるのは面白そうだからな」


 選択肢が少ないから仕方なく行く、という考えから面白そうだから行く、と考えを改めた蒼太の表情は先ほどまでと違い明るくなっていた。



「そうです、きっと楽しいはずです。旅はいいものです、エルフの国からここに来るまでも色々な風景が楽しめてすごく楽しかったです。移動だけでもあんなに楽しいのに、今度は二人とも知らない国に行くんですよ。未知への好奇心がうずきます!」


 握りこぶしを作って熱く語るディーナに対して『千年前に行ったことがある』とは口が裂けても言えないな、と蒼太は発言を自重していた。



「今日はもう遅いから明日出発ですかね?」


「そうするか、何かせっかく買ったのに家にいることがほとんどない気がするが……まぁいいか。明日は買出しと、前と同じように管理の依頼、街から離れることの報告をしてから出発になる。街を離れるのも何回目かだから、今回はさらっと挨拶しておけばいいだろ」


 逐一報告をしていた前回のことを思い出し、今回はさっさと旅に出ようと考えていた。


「気ままな旅ですからね、旅立つ時も気楽に行きましょう」


 しゃべり方が固いため、勘違いされることが多いがディーナは堅苦しい王族が嫌で城から抜け出すことも多々あり、抑圧されていた反動からか自由への憧れが強かった。旅への強い好奇心から、その思いが自然と滲み出ていた。



 そのまま二人の話題は謎についてから、旅についてにシフトしていき、それは夜が更けてからもしばらく続いていた。


 目的が変わっていたが、二人の心にあったどこか重い気持ちは軽くなってきていた。その後、先に寝落ちしてしまったディーナをベッドに運ぶと、蒼太は反対の部屋で眠りについた。



 翌朝


 二人は夜遅くまで話をしていたため、目覚めはゆっくりとしたものだった。ディーナの寝る前の最後の記憶はリビングのソファだったため、起きてすぐは混乱していたが、すぐに冷静さを取り戻し階下へ向かった。



 リビングでは蒼太が食事の用意をしていた。といっても、亜空庫から取り出したものを並べたり、スープを温める程度だったが、それでも朝食としては十分過ぎるものだった。


「お、ディーナ起きたか。おはよう」


「す、すいません。寝過ごしてしまったみたいで……」


 お互いの姿を確認すると、蒼太は挨拶を。ディーナは謝罪の言葉を口にした。


「いや、気にしなくていいさ。昨日は遅かったし旅の疲れもまだ抜け切ってなかったろうからな、俺だってさっき起きたばかりだ。浴室の桶に水を張っておいたから顔を洗ってくるといい」


 蒼太は取り出したタオルを渡し、浴室を指差した。



「ありがとうございます、いってきますね」


 ディーナは恥ずかしさがあったため、受け取ると足早に浴室へと向かった。



 その後、二人は食事を終えると昨晩話していた通り馬車に乗り街へ繰り出し、旅の買い物に向かった。獣人族領はエルフの国よりも距離が離れているため、馬車での旅を少しでも快適にしようと衝撃を吸収させるため馬車内に布団を何枚か敷いたり、前回以上の食料を購入したり、その他旅の必需品と思われるようなものを金に糸目をつけず次々に買い物をしていく。最初の内は遠慮していたディーナも、どんどん買っていく蒼太を見てどこか吹っ切れたようで、欲しいと思ったものをどんどん買い足していた。



 買い物を終え、昼時を過ぎたあたりに宿の食堂に向かい食事を兼ねて旅に出る話をした。


 ミリからは「またですか?」と、ミルファーナからは「お気をつけて」と言われ、ゴルドンからは「料理を作るから持っていけ、金はもらうぞ」との申し出がありそれを二人はありがたく受け取ることにした。



 途中カレナの店に寄るとローリーがエルミアと二人で仲良く店番をしていた。時折店番をさぼろうとするローリーをエルミアが諌めるといった構図だった。


「あー、ソータさんとディーナ様!! この間は酷いよ! 二人ともわたしを一人残して行っちゃうなんてさ」


 二人を見つけたローリーが、不満を口にし、蒼太達を非難した。


「でも、その様子だとうまくいったんだろ?」


 そう指摘されるとローリーは途端に勢いを失った。


「それは……うん、なんとかね。ありがとうございました」


 殊勝な態度になり、お礼を言うローリーの隣でおおよそ見当がついたエルミアが同じように頭を下げていた。



「二人とも頭をあげてくれ、俺達がやったのはここまでの案内と、ローリーを置いてけぼりにしただけだ。礼を言われることなんてないさ」


 蒼太が照れているのが伝わっていたためローリーとエルミアは蒼太の言葉に笑い合いながら頭をあげた。


「そんなことより、今日は旅に出る前の挨拶に来たんだ」


「はい、私達は獣人族領へと旅立つことにしました」



「そう、なんだ……うん、気をつけて行ってきてね。帰ってきたらここにも顔出してよー?」


 それを聞いたローリーとエルミアは少し寂しげな表情をしたが、ローリーはあえて明るく振舞い旅立ちを見送ることにした。


「旅のご無事を祈っています。それと、またお母さんと遊んであげてください」


 エルミアも母の意向を汲み取り、冗談まじりの言葉で蒼太達を送っていた。

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