第73話



「いらっしゃいませー!」


 宿屋にたどり着き中へ入ると、元気な声でミリが二人を出迎えてくれた、がその表情は固まっていた。


「ミリ、紹介するよ。彼女はディーナリウス、俺の昔の友達の妹だ。わけあって一緒に旅をすることになってな、今日は一緒にメシを食いにきたんだ」


「ディーナリウスです、ディーナって呼んで下さい。ミリさん、よろしくお願いしますね」


 蒼太が知らない女性を連れてきたことにショックを受けていたが、ディーナの笑顔の前にそのショックは解けていた。



「えっと、この宿の娘でミリアーナといいます。ミリで大丈夫です、よろしくお願いします」


「はい、ソータさんから話には聞いてましたが可愛い方ですね」


「えっ! か、可愛いだなんて、そんな……こんな綺麗な人に言われたら、それにソータさんからもって、わー」


 ミリは真っ赤にした顔を手で覆いながら、その場でばたばたとし身体全体で恥ずかしさを表していた。



「ふふっ、やっぱり可愛いです」


 その言葉に、ミリのばたばたは勢いを増していく。


「もうそのへんで止めてやれ、話がすすまん」


「そうして頂けると助かります。ほらミリちゃん、あとは私が担当しますからお父さんのほうを手伝って頂戴」


 見かねたミルファーナがミリを食堂の方へと押しやった。



 ミリはまだ蒼太たちと話していたかったため、背中を押された時の顔には不満が浮かんでいたが、商売屋の娘だけあり食堂では給仕として笑顔で対応をしていた。



「ごめんなさいねソータさん、とディーナさんでしたね。今日はお食事でいいのかしら?」


「あぁ、席は空いてるか?」


「えぇ、大丈夫です。ただ、他のお客様もいるので少し騒がしいかもしれませんが……」


 ミルファーナはちらりと視線を食堂へと送ると、申し訳ないという顔をした。



「構わないよな?」


「えぇ、美味しいご飯楽しみです!」


 ディーナは即答した。


「それでは、奥の席が空いてるのでそちらへどうぞ」



 食堂に足を入れると騒然としていた食堂が一瞬静まる。ギルドと提携している宿であり、冒険者の客が多く来ていたため蒼太のことを知っているものが多かった。久しぶりに街に姿を現した蒼太、そしてその後ろの銀髪のエルフに視線が集まっていた。


 二人は自分たちが見られていることはわかっていたが、気にすることなく席へと着いた。



「さて、何にしましょうか」


 ディーナはテーブルごとに用意されたメニューを手に取り、頭を悩ませていた。


「俺は一番下のシェフのお勧めにするよ。シェフの自信作ってことだからな、期待が出来る」


 蒼太の表情には期待がありありと浮かんでいる。


「私もそれにします!」


 蒼太の表情を見て、ディーナも同調することにした。



 ミリが近くを通りかかった際に声をかけ、シェフのお勧めを二人分頼む。二人の対応をするミリの顔は赤みが残っていたが、給仕としての仕事はそつなくこなしていた。



 しばらく二人が話をしていると、ミリが食事を運んできた。


「はい、本日のシェフのお勧め『飛竜のステーキ』です!」


 そこにはボリュームのある飛竜のステーキが乗っていた。付け合せにはコーンに似たものと、イモをソテーしたものが載っている。



 ナイフを通すと、抵抗なくスッと切れ断面からは肉汁があふれ出てくる。それを二人は口に含む。


「「ん、まーい!」」


 ディーナは普段の言葉遣いから考えられない言葉のチョイスであったが、そんな言葉が素直に出てくるほどゴルドンの作る料理は素晴らしかった。飛竜の肉といえば味はいいが、その身は固く噛みきるのも難しいといわれている。それが口の中にいれるとまるで霜降りの牛肉かと思うほどの柔らかさで、数度咀嚼するだけで溶けてなくなってしまった。かけられているソースも、肉質にぴったりとマッチしており、薄味のソースだったがそのことにより肉本来の旨みを強く感じることが出来た。



「ん、失礼しました。でも、すごく美味しいです。ソータさんがお勧めするのがわかりました」


「だろ! この街って屋台とかもそうだけど、結構食のレベル高いんだよ。その中でもここは頭一つ、いや二つも三つも抜けている」


 ディーナは恍惚とした表情で、蒼太は興奮した表情で料理のすばらしさについて語り合っていた。


 二人の声は自然と大きくなっていたが、食堂の喧騒にその声はかき消されていた。



 しかし、近くにいたミリの耳には届いており嬉しそうにゴルドンへと報告していた。それを聞いたゴルドンの顔は厳しい料理人の表情をしていたが、どこかせわしない動きで料理をする様子からその喜びをミリは見抜いていた。



「ふぅ、美味かった。ついついデザートも頼んだけど、正解だったな」


「えぇ、もう全て満点です。昔食べてた料理より断然美味しかったです」


 王宮暮らしをしていたディーナは、メイドの子といっても王族の一員に名を連ねていたため食事もエルフ王国の一流の料理人が作ったものだったが、それと比較してもゴルドンが上だと言っていた。



「ははっ、それはすごい評価だ。まぁ、あそこでの食事は楽しむというより作業みたいなものだったから仕方ないといえば仕方ないかもしれないが……」


 勇者として王宮に招かれた蒼太は、そこで夕食にも参加したが会話はほとんどなく、そしてディーナたち兄妹にとっては針のむしろといったような状態での食事であった。


「昔は昔です、大事なのは今ソータさんと一緒に食事をしていて、ゴルドンさんの作る料理がとても美味しかったという事実です!」


 ディーナは過去のことはふっきっており、今ここでの食事を心の底から楽しんでいた。



 その心からの笑顔に、蒼太も自然と笑顔になっていた。


 二人のどこか入り込めない雰囲気を、ミリは少し悲しそうな顔でみていた。

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