第74話
食事に満足した二人は、食後のお茶を飲みまったりとした時間を過ごしていた。
「うーん、メインもデザートもこの紅茶もすごく満足です」
紅茶の香りを楽しみ、一緒に出されたクッキーを一口食べその甘みを、また紅茶のほんのりとした苦味を楽しんでいた。
「紅茶が苦手な俺には、別の葉を使ったお茶を出すという気遣いがまたいいんだよなあ」
蒼太は紅茶が苦手だと以前に泊まった時に話しており、それからというもの日本茶に似たお茶を出してくれた。
客足も落ち着き、徐々に席が空いてきた頃蒼太達のところへゴルドンがやってきた。
「いつも厨房に篭りきりのあんたが出てくるとは珍しいな」
蒼太の言葉にも表情を変えずにテーブルの横に来た。
「あなたがここのシェフさんですね。今日の食事はとても美味しかったです、ありがとうございました」
ディーナは座ったままだったが、丁寧にお辞儀をしゴルドンへと礼を言った。
「あ、あぁ、いやいいんだ。これが俺の仕事だから。満足したならよかった」
ディーナの真っ直ぐな眼差しに戸惑いながらもゴルドンは返事をした。
「俺も久しぶりに食べられてよかった。相変わらずの腕で安心したよ、今日の料理もすごく美味かった」
「おう、ソータに教えてもらった肉を柔らかくする方法に俺なりのアレンジを加えたら、思いのほかうまくいったんだ。ありがとうな」
ゴルドンは自分の手柄にせず、蒼太の助言によるものだと心の底から思っており、それを口にして伝えたいと思ったため、わざわざ厨房から出て挨拶にきていた。
「それじゃあ、俺はもう行く」
用件はそれだけだったため踵を返し、終始かたい表情のままだったゴルドンはその場を後にした。
「シェフさん、何か怒っていたんでしょうか?」
そのうしろ姿を見て、心配そうにディーナはつぶやいた。
「いや……あれは喜んでいる表情だ。わざわざ出てきたのがその証拠だし、尻尾が少し揺れていたのも見えた」
「それは、気づかなかったです……でも、よかった」
蒼太の言葉にディーナは安堵の表情を浮かべた。
「さて、腹も膨れたし休憩も十分とれただろ。今日は……帰るか」
ゆっくりしていた為、すでに時間も遅く、飲食店以外の店はほとんど閉まっている時間だった。
「そうですね、明日からいよいよ調査開始です! 何か情報があればいいんですが……」
「俺が前に図書館に行った時は、各国の簡単な情勢を調べた程度だったからな。あとは千年前の魔王との戦いが物語になっていたからそれを読んだくらいか」
「今度は目的が違いますから、違った視点で見れば何か見つかるかもしれませんよ。それに今度は私も一緒ですしね」
ディーナは握りこぶしを作り、気合を入れなおしていた。
「期待してるよ。俺と同じ側に立ってみれるのはディーナだけだからな、何か見つかればいいんだが……っと、ミリ、支払いを頼む」
蒼太は給仕をしていたミリをテーブルに呼び、料金を支払う。
「はい……ちょうど頂きます。ありがとうございました」
仕事をしながらも片隅に二人をずっと見ていたミリは色々と思うところはあったが、表には出さずに笑顔で対応をする。
「さっきゴルドンにも言ったが、うまかったよ。ありがとうな、また来る」
「すごく美味しかったです」
二人は笑顔でミリに礼を言い、店を後にした。
外に出ると既にあたりは暗く、一定間隔で置いてある魔道具の街灯とまだ営業している店から差し込む灯りを頼りに帰路を進んだ。時折酔っ払いとすれ違うこともあったが、それ以外は静かな夜で空気も澄んでおり、空に浮かぶ星々がその輝きを放っていた。
家に戻るとエドが目覚め、二人を迎えてくれた。
翌朝、二人は図書館が開く時間に合わせて家を出発し、道中の屋台で朝食を済ませる。少しゆっくり目に歩いたため、到着した頃には開館から四半刻過ぎていた。
図書館では、前回と変わらず男女の司書が受付をしていた。
「いらっしゃいませ……そちらの方は以前ご利用がありましたね。再びの来館ありがとうございます」
話しかけてきたのは男性職員だった。彼は蒼太に声をかけると次にディーナへと視線を移す。
「あなたは図書館のご利用は初めて、ということでよろしいですか?」
「はい、ここの図書館の利用は初めてになります。別の場所は利用したことがありますが、お手間でなければ説明をして頂ければと思います」
説明を希望するディーナに対し彼は心得たと頷き、説明を始める。
「ディーナ、俺は先に行ってるからな」
蒼太は一度聞いた説明であったため、金貨を女性司書に二人分支払うと、この間女性司書に渡されたメモを見ながら棚の散策を始めていた。今回調べるのは、実際に行ってきたエルフ族領を除いた四種族についての情報の再確認からだった。特に蒼太が気になっていたのは、ペアコネクトでディーナの記憶に現れなかった獣人族、小人族、ドワーフ族についてだった。
確実に死んだと思われるのは、竜人族とエルフ族の勇者の二人。ディーナが言う、他にいたかもしれない誰か、それがこの三人の勇者の可能性があると蒼太は考えていた。その中で獣人族の勇者は同じ場所にいて戦っていたことから、可能性は低い。で、あれば他の二種族について掘り下げようと本を手に取っていく。
それらの本を持ち、閲覧用のテーブルに行くと後を追いかけるようにディーナがやってきた。
「あのお二人面白い方たちですね。なんかちぐはぐだけどそれがマッチしているというか……素敵なコンビです」
静かな図書館でそっと耳打ちするように話してきたディーナ。それを聞いて蒼太は初めてあの二人に会った時のことを思い出すが、彼女の表現を聞くとしっくりといった。
「あぁ、相変わらずなんだな」
ディーナは蒼太の向かいに座ると、蒼太によって用意された一冊の本を手に取る。
「まず、俺は小人族かドワーフ族について調べようと思う。特に小人族は俺が以前調べた内容だと、どうやらすでに小人族領はなくなっていて小さな集落が色々な場所に散らばっているらしいんだ。ディーナは先にその物語を読んでから、手伝ってくれ」
「わかりました……これが以前言っていた千年前の魔王との戦いの物語ですね」
真剣な表情でディーナが読み始めたのを確認すると、隣で蒼太は用意した資料に目を通していく。
本に書かれた物語はペアコネクトで見た兄の記憶と食い違う部分が多く、ディーナは読み進める程に怪訝な表情になっていった。
「これは……」
無意識にディーナは誰に言うでもなく、声が漏れた。
「こんな、これじゃあソータさんが悪者じゃないですか! 違います、ソータさんはそんな人じゃ!!」
そして堰を切ったようにディーナは興奮して、立ち上がりながら大きな声を出した。
「ディーナ……ここは図書館だぞ。静かにしろ」
蒼太はディーナの怒りを理解できたが、あえて静かに注意することでクールダウンさせることにした。
「あ……ごめんなさい」
蒼太達以外には誰もいなかったため、周囲への迷惑ということはなかったが、ディーナはやや気落ちしながらぽすんと椅子に座った。
「それは俺も前に読んだから気持ちはわかるが、見てほしいのはその内容よりもそれが広まっているという事実だ。その上で他の情報を精査して、俺達が知っているものとすり合わせて、知りたい真実にどうすれば近づけるかを調べたい」
「わかりました」
蒼太の言葉に本来の目的を理解し、ディーナは悲しい気持ちを振り払うかのように真剣な表情で再度物語を読み進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます