第71話



 ディーナがもぞもぞと身体を動かしてから顔をゆっくりとあげた。


「お、目が覚めたか?」


 蒼太は、読んでいた本を閉じて声をかけた。



「ふわぁ、あれ……私寝ちゃいました?」


 ディーナはあくびをし、眠い目を擦りながら蒼太に話しかけた。


「あぁ、メシを食い終ったら二人ともそのままな」


 ディーナは目を細めたまま、キョロキョロと見回しローリーが寝ているのを発見した。



「うーん、まだ眠いです。ふわぁ」


 手で口を覆いながら再度あくびをした。


「あっちの扉の先に台所がある、そこの桶に水を出しておいたから顔を洗ってくるといい。顔はこれで拭くように、使い終わった水は捨てておいてくれ」


 蒼太はタオルを取り出し、ディーナへと手渡した。


「ありがとうございます」


 ディーナの扉へ向かう足取りは寝起き独特のもので怪しかったが、なんとか台所へとたどり着いた。



 ディーナが顔を洗い戻ってくる頃にはローリーも目を覚ましており、ディーナ同様洗顔に向かった。



 顔を洗い終えた二人は眠気はあったものの、起き立てよりはすっきりとした表情になっていた。


「さて、そろそろ日が落ちようとしている」


 蒼太がそう言うと、二人も窓の外を見た。窓から差し込む日差しの色もその言葉が正しいことを示していた。


「す、すいません。ついつい……」


「ごめんなさい……」


 ディーナに続き、ローリーも申し訳なさそうに頭を下げた。



「いや、それはいいんだ。今がどれくらいの時間なのかを再確認しただけだからな。こんな時間になったけど、これからどうするかを話し合おうと思う」


 蒼太の言葉にディーナは頷き、ローリーは身を固くした。


「ローリー、どうしたい? これからカレナのところに、いやエルミアのところに向かうか? それとも、明日の昼間改めて行くか?」


「えーっと、うーん……どうしよう、かな」


 ローリーは、ここにきて娘に会う怖さが出てきたため即答することが出来ず視線が空中をさまよっていた。



「ローリーさん、今日行くべきです。明日に延ばしたら、今の苦しさを明日までずっと抱えることになるんですよ? もしかしたら、明日になったら、明後日に、またその次の日にとどんどん延ばしたくなってしまうかもしれません」


 ディーナの言葉をローリーは黙って聞いていた。


「それに……一番辛いのは、あなたではなくずっと母親に会えなかったエルミアさんなんじゃないですか? その辛さを一日でも早く無くしてあげるのが母親というものではないでしょうか?」


 そこまで言うと、それ以上の言葉は紡がず、ただじっとローリーのことを見つめていた。



 ローリーはディーナの言葉に心が動いたものの、それでも葛藤があった。産まれてすぐにカレナに預け国に戻ってしまった自分を娘は、母はどんな顔で見るのだろうか。どんな謗りを受けるのだろうか。娘との距離が近くなった今そんなことばかりが頭の中を駆け巡っていた。



「ローリー、今日行くなら俺もディーナもついて行こう。だが明日にするなら、店の前まで送っていくからそこからは一人で行ってくれ」


「えっ……」


 ローリーはどこかで最後まで付き合ってくれるものだと思いこんでいたため、蒼太の言葉にショックを受けた。


「俺達もやらなきゃならないことがあるからな、いつまでも付き合ってはいられない」


 蒼太は突き放すような言葉をかけたが、それは尻を叩く意味で発していた。エルミアのことを知っており、彼女が書いた手紙の内容がどういったものかはわからないが、手紙を渡した時の彼女の表情はとても真剣だった。そのことを考えると、少しでも早くこの親子を対面させてあげたかった。



「うぅ……ソータさんずるいよ。そんなこと言われたら今日行くしかないじゃないか」


 蒼太とディーナはその言葉に微笑んだ。


「よし、ならすぐに行こう。食も満たされ、睡眠も取れた、準備万端だな」


 そう言うと、立ち上がり玄関へと向かった。


「えっ、いますぐ?」


 ローリーは驚いて蒼太の顔を見た。


「そうですね、もう暗くなりますし早いほうがいいです」


 蒼太に続いて立ち上がるディーナ。



「ま、待ってよー」


 ローリーは置いてかれまいと慌てて二人の後を追いかけた。家から出すことに成功した二人は、顔を見合わせて笑っていた。



 カレナの店へと向かう道中、ローリーの提案で手土産を買うことになった。蒼太達は行きたくないから時間を延ばそうとしているのかとも思ったが、選ぶ表情は真剣であり、そんなことを考えてしまった二人は内心反省をしていた。


 何件か周り、買い物を終えるといよいよ錬金術店へと真っ直ぐ歩を進める。



 店の前にたどり着くと、ローリーの足は止まった。


「どうした? 入るぞ」


 蒼太が扉に手をかけようとするが、ローリーはそれを止めようと蒼太に駆け寄った。


「ま、待って。ちょっとだけ待って!」



 蒼太はその制止を避けながら扉を開け放つ。ローリーは伸ばした手が空を切り、バランスを崩しそのまま店の中へと転がりこんでしまう。


「わーーーー、いててて」


「だ、大丈夫ですか?」


「一体何の騒ぎだい!?」


 その音にエルミアとカレナが駆けつけた。



「ご、ごめんなさい。蒼太さんが避けるもんだから……いない!!」


 ローリーは後ろを振り向き蒼太を睨み付けようとしたが、そこには閉まった扉しかなかった。


「あんた……ローリーじゃないか!」


 カレナの言葉にエルミアは驚いていた。


「お、お母さん、お母さんなんですか?」



 逃げ場がないことに気づいたローリーは腹をくくることにした。


「うん、わたしがあなたのお母さんです。エルミア、母さん……ごめんなさい」


 ローリーは、座り込んだ姿勢のまま二人に頭を下げる。



「お母さん、おがあざんわーーーーん」


 エルミアはローリーへと抱きつき、大声で泣き出した。


「え、エルミアちゃん……ずっと放っておいてごめんね」


 エルミアを抱きしめ、頭を撫でるローリーの目にも涙が浮かんでいた。



「全くあんた達は……ふぅ、そんな場所に座り込んでいないでこっちに来なさい。お茶でも飲みながら積もる話でもしようじゃないか」


 カレナは久しぶりに顔を見せた娘を怒鳴りつけようと思っていたが、エルミアにそのタイミングを奪われてしまったため、怒りがどこかへ霧散してしまっていた。


「うん! エルミアちゃん行こう。これからはずっと一緒だよ」


「お母さん……嬉しい」


 二人は涙を拭き、奥の部屋へと向かった。



 扉の外で聞き耳を立てていた二人は、丸く収まったことに頬を緩め扉の札を閉店にかけかえその場を後にした。

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