第63話

 案内されたのは待機室といった様相で、ソファや椅子が置いてあり、中央のテーブルの上にはローリーが希望していた菓子類やフルーツなどが用意されていた。


 ローリーは部屋に入ると、喜び勇んですぐさまテーブルへと向かっていた。


 他の面々も各々が腰を下ろしたり、落ち着かずうろうろしたりとそれぞれ過ごすことにした。



 蒼太は周囲の気配を探るが、壁の向こう側にも天井裏にも入り口の前にも人の気配はしなかった。


「ドルスは手を回してくれたようだな。監視の気配は感じられない」


「うーん、少しかわいそうな気もしますけどね」


 ディーナは蒼太達と別れた後のドルスの忙しさを考えていた。



 実際、ドルスはあの後別のルートから蒼太達が案内される部屋へと向かい部屋の周囲にいるものを急いで部屋から遠ざけさせていた。


 命令系統を一旦無視し、遠ざけてから納得させるために各位へと連絡するという流れを短時間で実行するという離れ業を行っていたのだ。


 蒼太との実力差を一瞬のやりとりで感じ取ったり、必要なことを見極め素早く実行するなど能力の高さは他者から認められていたが、今回は相手が悪く、かつ間に挟まれる立場になってしまったため、蒼太達からはよくいる中間管理職程度の評価になってしまっていた。



「まぁ、あいつには悪いことをしたかもしれないが、それも仕事の内だろうから仕方ないさ」


 そう言って蒼太は肩を竦めた。


 蒼太としても、切り替えの早さや対応の適切さなどの面で彼を評価していたが、それでも自分や仲間が最優先なため彼に厳しくあたっていた。



「ソータ殿は身内以外には厳しいのですね」


「まぁ、な。そもそもここには俺と血のつながりのあるやつはいない。だからこそ仲間になったものは目の届く範囲で守りたいからな」


 蒼太の言葉に、ディーナは笑顔で頷いている。


 成長につれて、口調や見た目の変化はあったものの、やはり蒼太という人間の性根が変わっていないことに喜びを覚えていた。



「そんなことより、アレを何とかしないとだな」


 その視線の先に居たのは、部屋の中を落ち着かずろうろしているアレゼルだった。


 馬車内でのディーナとのやりとりで一度は落ち着いたアレゼルだったが、城内に入り見慣れない光景に再度緊張していた。


 そして、謁見へのリアリティが増して来たためその緊張はピークに達していた。



「アレゼルー、あなたもこっちに来て一緒にお菓子食べようよ」


 ローリーの声かけに視線をそちらへ向ける。


「い、いえ、ボクは結構です。ローリー様が全部食べていいです」


 それだけ答えると再びうろうろと部屋の中を歩き始めた。



「あーれーぜーるー。いいからこっちに来なさい」


 ローリーは歩き回るアレゼルを捕まえると無理やりテーブルへと引きずっていった。


「ほら、これこれ、これ美味しいから食べなさいよ」


「もー、ローリー様は強引なんだから……美味しい! なにこれ、すごい美味しいですよ!」


「でしょー、ほらこっちも食べなさい」


 ローリーはうろうろしているアレゼルにイライラして声をかけただけであり、意識して緊張をほぐそうとしたわけではなかったが、結果としてはアレゼルの緊張は解けていた。



「あれは天然だな。どっちも……」


「ですねえ、ローリーさんを見ていると獣人の勇者さんを思いだします」


 蒼太はディーナの両肩を持ち大きく頷いた。


「それだ! なんか誰かに似てるなあと思ってたんだよ。そうか、あいつに雰囲気が似てるんだ。奔放で強引で自由、うん、まさにあいつだ。あー、なんかスッキリした」



「そ、そうですか。それはよかったです」


 そう返したディーナの頬には赤みがさしていた。


 そんな二人の様子を見てナルアスは微笑ましい気持ちになっていた。



 ローリーたちがお菓子を食べつくした頃、待機室にノック音が響いた。


「……どうぞ」


 動きの止まった皆の代表として蒼太が返事を返す。



「失礼します。謁見の準備が出来ましたのでご案内したいと思いますが……準備はよろしいでしょうか?」


 部屋に案内してくれた執事風の男ではなく、今度は鎧をまとった女性騎士がやってきた。


 その視線はローリーとアレゼルが手に持ったフルーツに送られていた。



 アレゼルはその視線に気づくとそれを更に急いで戻す。


 ローリーはというと視線に気づくとそれを口の中に放り込んだ。



「はぁ全くあなた達は……すいません」


 ため息つくと、ナルアスは女騎士へと頭を下げ謝罪した。


「い、いえお気になさらず」


 ナルアスのことは女騎士も知っていたため、手でその動きを制す。



「まぁ大丈夫だろ、案内してもらおうか」


「……あなたがソータさんですね、ドルスさんから話は聞いてます。くれぐれも貴族を逆撫でしないようにお願いしますね」


 人差し指をたて、蒼太に念押しする。


「ドルスに何を聞いたかは知らないが……相手が失礼なことを言ってこなければ何もいわんさ」


 蒼太の回答を予想していた女騎士はため息をつくと、扉へと向かった。



「私が命令されたのはあなた方の案内だけです、それ以降のことは感知しないことにしますので行きましょう」


 たまたま今日城内勤務だったため、たまたまドルスと知り合いだったため、たまたま大臣の目にとまったため。


 そんなたまたまが詰み重なって今回の任務を受けたが、聞いていた話から揉め事の予感がしていたためさっさとこの任務を終わらせたい、そう思っていた。



 いくつかの角を曲がり、一際広い通路に出るとその先には今までで一番と言えるほど大きな扉があった。


 蒼太たちが扉の前までたどり着くと、扉の前にいた衛兵と女騎士が何かやりとりをする。



「それでは、扉が開いたら中へと進んでください。王様へと真っ直ぐ進んで、そうですね……十歩手前くらいで止まってください。あとは中で話が進むと思われますので、私はこれで失礼します」


 女騎士は蒼太達に一礼するとそそくさとその場を立ち去った。



 ディーナは一言声をかけようかと思ったが、衛兵に扉の前に立つよう急かされたためそれはかなわなかった。


「それでは、開きます」


 扉が開かれた先には、赤い絨毯が奥の王の下まで続いており、その両脇には騎士が配置されていた。


 王の近くには、側近とよばれる人物、ここまでの話にも出ている大臣などがいた。



 蒼太達は女騎士に言われた通り、真っ直ぐ進み、王の十歩手前あたりで止まった。



 まず口を開いたのは王ではなく大臣だった。

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