第60話



 翌早朝、蒼太は工房の外にでて日課の素振りをしていた。


 それをエドとディーナは一頭と一人、横に並びながら少し離れた場所で眺めていた。



 ただ素振りをしている。それだけだったが、ディーナは嬉しそうな顔で飽きもせずにそれを見ている。


 エドはディーナが頭を撫でているので目を閉じ、されるがままになっていた。



 しばらく素振りを続けていたが、自分の中で満足がいったのか中断しディーナたちの下へと蒼太がやってきた。


「おはようございますソータさん、お疲れ様でした」


 ディーナは立ち上がり、手ぬぐいを蒼太へと渡す。


「おはよう、それとありがとうな……ところで、いつから見てたんだ?」


 ディーナに話しかけながらエドの頭を撫で、おはようと挨拶を交わす。



「うーん、武器を木刀から十六夜に持ち替えたところだったと思います」


「中盤くらいか、結構長いこと見てたんだな。っていうか、俺に気取らせないとかやっぱりあいつの妹だよな」


「うふふ、気配を消すのだけは昔から得意でしたからね。小さい頃よくかくれんぼをしましたけど、私はいつも最後まで見つからなかったんですよ」


 ディーナはピースをしながらしてやったりといった表情をする。



「幼いうちから隠行術に長けてるとかすごいな……」


「なんというか、自然と一体化するイメージですね。ここであれば、風と一体化。森の中であれば木々と、といった感じです」


 蒼太は目を閉じ、ディーナの言葉をヒントにその身を風に溶かし同一化するイメージを強くもっていく。


『隠行スキルを覚えた』



 予想はしていたが、あっさりとスキルとして覚えたためため息をついた。


「どうしました? うまくいきませんでしたか? 私にはソータさんの気配が薄れるのを感じられましたけど……」


「いや、何というか……どうもスキルを覚えやすくなっていてな。今の隠行スキルも既にスキルとして身についたようだ」


「ほえー、すごいですね。でも、どうしてため息なんか? すぐに覚えられたほうが便利でいいじゃないですか」


 ディーナは素直に感動を表し、率直に疑問を口にした。



「なんというか、本来なら長期間の訓練の末にスキルを身につけるのがほとんどだ。それなのに、こう簡単に覚えられると罪悪感というわけじゃないが、しっくりいかないんだよな」


 蒼太の言葉にディーナは少し考え込む。


「気持ちはわかります。だけど、ソータさんは簡単に覚えられるだけの実力があると思います。それがスキルや加護などの影響だったとしても、それは才能と呼べるものです」


「才能、か」


「はい、私が隠行スキルを使えるのも別に訓練をしたわけじゃなく遊びの結果身についたものです。努力しても身につかない人もいるだろうし、たまたま私には才能があったというだけなんです」


 日本人特有の謙遜の気持ちや、努力せずに手に入る能力に対しての申し訳なさがあったが、ディーナの言葉で全てではないが、納得出来る気持ちも生まれてきていた。


「そう、だな。たしかにそういう考えもあると思う……完全には割り切れないが、少し心のつかえが取れた気がするよ。ありがとうな」



「いえいえ、私は思ったことを言っただけです。でも、少しはソータさんの助けになったのならよかったです」


 ディーナは見たものが見惚れるような笑顔でそう言った。


「あ、あぁ。それより、そろそろ朝飯の時間だろ。部屋に戻ろうか」


「はい!」


 ディーナは嬉しそうに蒼太の後をついていく。



 工房に戻ると、ナルアスが朝食の準備をしていた。


 アレゼルは椅子に座って足をぶらぶらさせながら出来上がるのを待っていた。


「ソータさん、ディーナ様おはようございます。そろそろ朝食ができると思うので、そちらへおかけ下さい」


 二人はアレゼルへと挨拶を返しながら勧められた席へと腰を下ろす。



「ナルアスも料理をするんだな」


「えぇ、夕食はボクが、朝食は師匠が担当なんですよ」


「じゃあ、お昼の担当はローリーさんなんですか?」


 ディーナの質問に、アレゼルは引きつった表情になった。


「いや、えーっとローリー様は……」



 アレゼルが言葉に詰まっていると、ナルアスが出来上がった料理を運んできながら助け舟を出した。


「あの子は料理は苦手、というより壊滅的といったほうがいいでしょうかね。とにかくダメダメなんです。昔、あの子が気まぐれで作ったクッキーを食べたアレゼルが三日三晩寝込んだことが……」


「そ、そいつは相当だな……」



 アレゼルはその時を思い出したのか青い顔をしている。


「もう、ローリー様の作るものは絶対に食べません……」



 ローリーの話が出たことで蒼太はエルミアからの手紙があることを思い出した。


「そういえば、ローリーに手紙渡せてないな……」


「エルミアからの手紙ですか?」


「あぁ、わかるか?」


 ナルアスは深く頷いた。



「ローリーは奔放でカレナについて行き人族の街へ行ったと思ったら、エルミアのことをカレナに預けて戻ってきましたからね。連絡もとりたくなるでしょう」


「奔放も度が過ぎるだろ。まぁ、それはいいとしてだ。ローリーはどこに居るんだ?」


 部屋の中にローリーがいないことは見てわかっていたため、居場所を二人に尋ねる。


「うーん、ボクたちも知らないんですよ。ローリー様はぷらっと出かけてぷらっと帰ってくるので……」


「不肖の弟子で申し訳ありません」



「謝らなくていい、エルミアにも渡せたら渡すって言ってある。会うことがあったら今度は忘れずに渡せばいいだけだ」


 ナルアスは頭を下げようとしたが蒼太がそれを手で制し止めた。


「そうですよ師匠。ローリー様がふらふらしてるのはいつものことです、気にしていたらキリがありません」


「それよりも朝食をいただきましょう。せっかくの作って頂いたのに冷めてしまいます。さっきからいい匂いでお腹が刺激されていますよ」


 ディーナは話を変えるように話題を朝食へと移した。



「申し訳ありません、今用意しますね」


 ナルアスは、キッチンへと戻り残りの料理を取りに行く。


 アレゼルも配膳を手伝うために、後を追っていった。



 すると、勢いよく扉が開いた。


「じゃーん、ローリーさんのお帰りだよ。うーん、いい匂い。さすが師匠だね、早く食べよう! もうお腹ぺこぺこだよ」


 扉を開けた勢いそのまま空いた席へと座り、食事の催促を始めたローリーに蒼太とディーナは呆気にとられていた。


「お、ソータさんとディーナ様、おはよー。師匠のつくるご飯も美味しいから楽しみにしてていいよ!」


「あ、あぁ」


 流れるような会話に蒼太は一瞬返事が遅れるが、先ほどの手紙のことを思い出す。


「そうだ、この手紙。エルミアからローリー宛に頼まれたものだ、忘れないうちに渡しておくよ」



 ローリーは手紙の裏表を確認すると、開かずに服のポケットへとしまった。


「読まないのか?」


「うーん、後で一人で読むよ。わたしに来たものだから、一人で読むのが筋でしょ」


 ローリーの返答は部屋に入ってきた時と比較してややトーンダウンしていた。



「はーい、おまたせしましたー。朝食ですよー」


「はい、スープをどうぞ」


 ナルアスとアレゼルがお盆に料理を乗せ持ってきた料理を各人の前に並べていく。



 配り終えると、全員が着席する。


「「いただきます」」


 ナルアス、アレゼル、ローリーの三人はそのまま食事に口をつけたが、蒼太とディーナだけは日本固有の食事前の挨拶をする。


「なんですか? そのいただきます? ってやつは」


 代表して質問したのはアレゼルだったが、他の二人も同様の疑問を持っていた。


「メシを食う前の挨拶だ。俺の故郷では一般的でな、昔ディーナに教えたことはあるが……よく覚えていたな」


「えへへ、ソータさんが旅立ったあともちゃんといただきますしてからご飯食べてましたからねえ」



「ふーん、なんか面白いね。師匠、わたしたちも言ってみようよ」


「そうね、じゃあアレゼルも」


「はい



「「「いただきます」」」



 和気藹々と食事は進み、蒼太は食事を終えると今度は『ごちそうさま』について説明することとなった。

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