第59話



 扉の外からの声に話が中断し、沈黙が部屋を支配すると外の音が聞こえてきた。


「ちょ、ちょっと待ってください。今は部屋には入れません!」



 その声に気づいた三人はそろって扉に目をやった。



 アレゼルの制止する声にも止まらず、複数の足音が部屋に近づいてきた。


 バタンッという大きな音と共に扉は開かれ、武装したエルフが数人部屋の中へと入ってくる。



「し、師匠ごめんなさい。止めようとしたんですが……」


 その後方からアレゼルが申し訳なさそうな声で言うが、その姿は武装したエルフたちによって遮られていた。


「あなた達は一体誰の命令で来たのですか! ここは錬金術師ナルアスの工房ですよ!!」


 アレゼルの制止を振り切り、許可なく踏み込んできた者たちへの怒りでナルアスが声を荒げた。



「突然の来訪失礼する。王の命令でこちらに参りました……西の洞窟の魔水晶の封印が解けたと聞き及びましたので」


 先頭のリーダー格の男がその視線をナルアスからディーナへと移した。


 見られたディーナはつまらなそうな顔でそっぽを向いた。



「そちらが封印されていたディーナ様ですね」


 男はディーナの側まで行くと、乱暴にその腕を掴んだ。


「申し訳ありませんがご同行願います」


「嫌よ、私は過去の者よ。今の王族と関わるつもりはありません!」


 ディーナはその手を振りほどこうとするが、強く握られたその手は離れることはなく、逃げられまいとより強くディーナの腕を握ろうとした。


「痛っ!」



 その声をあげたのはディーナではなく、男のほうだった。


「おい、いい加減にしておけよ。突然来て同行しろとは一体どういう了見だ。しかも、ディーナを傷つけようとするとはいい度胸だな」


 蒼太は掴んだ男の手を捻りあげる。


「いたたたたっ、やめろ! 人族ふぜいが我々の邪魔をするな!!」


 その姿勢のままだが、男の言葉は謝罪ではなく蒼太に対する侮蔑の言葉だった。



「よくこの状況でそんな言葉を選べたもんだな」


 蒼太は呆れ顔で更に強く捻りあげる。


「痛いっ! お、おい! お前ら何とかしろ!!」


 一瞬の内に捕まったリーダーの様子をあっけに取られた表情で他の面々は見ていたが、その言葉ではっとし、蒼太を引き剥がしにかかった。



 蒼太はその男たちに向かってリーダーを押し出す。


 リーダーはバランスを崩すが、男達によって支えられ転ばずに済んだ。


「き、貴様! なんてことを……」


「お前が! お前が圧倒的に悪いよな? いきなり踏み込んでほとんど説明なしで、有無も言わさず連行しようとするとかあり得ないだろう」


 蒼太はそれ以上言わせないという意思を込めて、男の言葉が終わる前にかぶせて話し始める。



 部屋へと入って来たときは男達が主導権を持っていたが、今ではこの場の流れを蒼太が握っていた。


「で、どうやってディーナの封印が解かれたことを知ったんだ?」


 リーダーはたじろぎながらも蒼太の疑問に返答する。


「そ、それは封印自体を国で管理していて、封印になにかあれば王国の管理局に伝わる仕組みになっている」


「……魔水晶を支えていた台座か。魔力か重さかわからないが、台座からそれが外れたことに反応する魔道具ってところだな」


 そのものずばりを当てられた男達はぽかんと口をあけていた。



「それで、洞窟に行くまでにいる衛兵に誰が通ったかを聞いて来たのですね……」


「なんで私を連れて行こうとしたんですかね?」


 最もな疑問をディーナが口にする。


「それは……」



「おそらくそこまで細かいことは聞かされてないんだろうさ。上からの命令でディーナを連れてくるように言われた、どういう対応をしろとも言われてない。そんなとこだろう」


「うっ、そこまで言い当てられると返す言葉もない……」


 蒼太はため息をついた。


「エルフっていうともっと理知的なイメージがあったが、検問の衛兵といいこいつらといい、イメージを見直さないとだな……」


 蒼太は千年前に出会ったエルフ達とのイメージの差にそんなことを呟く。



「それで、どうするんだ? お前らじゃこっちを納得させるだけの理由が出せないみたいだが」


 男達は言葉に詰まる。


「強引につれていくというなら、俺が相手をするぞ」


 蒼太の言葉に敵意を感じた部下の男達は、腰の剣に手をかけるものもいたがそれをリーダーは手で制止した。


「やめておけ、我々ではこの男には勝てん。私が捕まった時に抵抗しようとしたが、まるで岩か何かのようにぴくりともしなかった」


 何も出来ずに捕まり、全く抵抗できなかったことでその実力差を感じ取っていた。



「騒がしてしまい申し訳ありませんでした、一度出直したいと思います」


 男は蒼太へと頭を下げるが、蒼太は不満そうな顔をする。


「謝るのは俺になのか?」


 蒼太の言葉に慌てて、今度はディーナへと頭を下げる。


「ディーナ様、手荒な真似をしてしまいもうしわけありませんでした。それとナルアス殿にそちらの御仁もお騒がせして申し訳なかった」


 リーダーに続いて、部下の男達も頭を下げる。



「それでは失礼します」


 蒼太に呼び止められないようにと、男達はそそくさと部屋から出て行った。



 男達が出て行ったことで、蒼太達はアレゼルの姿をやっと確認することが出来た。


「よ、よかったぁ。ボクが止められなかったせいでディーナ様が連れて行かれるんじゃないかと……うぅぅ」


 アレゼルは涙目でへなへなとその場に膝から崩れ落ちた。



「アレゼル、ありがとうございます。あなたが止めようとしてくれた声はちゃんと聞こえてましたよ」


 ディーナはアレゼルの頭を撫でる。


「あ、あうぅ」


 アレゼルは顔を真っ赤にしながら、気持ちがいいのか目を細めていた。



「さて、どうしたもんかな」


「困りましたね」


 ほんわかした空気をかもし出す二人とは別に、蒼太とナルアスは困り顔になっていた。


「いつか国が動くこともあるだろうとは思っていましたが、こんなに早くとは……」


「無視する、ってわけにもいかないだろうな」


 ナルアスは頷くが、その表情は納得はいってない様子だった。


「だが俺はこの国に長居するつもりはないし、ディーナを連れて行くつもりだ。本人がよければだけどな」



「私はもちろんソータさんについていきますよ。他に身よりはないですし、そもそもそのつもりでソータさんが封印をとけるようにしたんですから」


「あぁ、問題はこの国の王族が何の目的でディーナに用があるのか。あいつらを追い返したことが吉と出るか凶と出るのか、だ」


「どちらにせよ、おそらく国境を越えるのは難しいと思うので、しばらくうちに泊まっていって下さい。空いてる部屋はありますので、寝具も用意します」


 蒼太とディーナはナルアスの提案に甘えることにした。


「悪いな」


「ありがとうございます」



 それぞれ空き部屋に案内される。


 そこはベッド、机がある個室でそれぞれに一部屋ずつあてがわれることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る