第36話



 家に戻り、門を確認するが魔法の鍵は開錠されていなかった。


「開錠」


 門に手を触れ魔法を放つと、ガチャッという音と共に鍵が開く。



 蒼太が敷地内に足を踏み入れると、エドが蒼太へと駆け寄ってくる。


「おぉ、エド。留守番ご苦労さん、誰か来たか?」


 背中を撫でながらエドに質問する。


 エドは少し考えた後、首を横に振る。



 蒼太の魔法をかいくぐって進入出来た者がいないのはもちろんだが、門の前にも誰も来なかった。


「そうか。まぁ生活感はないし、人の出入りもなければ覗く者もいないだろうな」


 エドを撫でる手を止めると門を閉め、再度施錠する。


「施錠」


 鍵がかかったのを確認すると、エドの寝床へと向かい魔法をかけ範囲内にあるもの全てを綺麗にする。



 蒼太が毛皮の上に腰を下ろすと、エドも隣に座る。


 亜空庫から果物を取り出し、軽くエドの前に放り投げるとそれを上手に銜える。


「エド、ここに引っ越してきてまだ一日しか住んでないが明日には旅に出ることになった」


 エドはしゃりしゃりとそれを食べながらも蒼太の話に耳を傾けている。


「今度はこの間の山に行った時と違って長い旅になりそうだ。ついてきてくれるな?」


 果物を飲み込むと、一度大きくヒヒーンといななき、一緒に旅が出来る喜びを表現する。



 その喜びが伝わり、蒼太も笑顔になる。


「そうか、よかった。明日の昼前には出発するから、今夜はゆっくりと休んでおけよ」


 綺麗になった食事用の桶に夕食を入れ、もう一つの桶に水を入れる。


 食事を始めたエドの頭を撫で、蒼太は家の中へと入っていく。



 リビングに入り、残り少なくなってきた屋台料理を取り出しそれを夕飯にする。


 昨日はうどんinラーメンスープを食べたので、今日は焼いたパンのようなものにカレーのようなソースがかかったものを取り出す。


 ナンにカレーがかかっているイメージだが、そのソースが独特で甘みが強くしかし酸味のあるソースだった。


 味は問題なかったが、物足りなさを感じたためそのその上に串焼きの肉を乗せパンでサンドして食べる。


「うまい!」


 肉とソースがみごとにマッチし、一体感を持っていた。


「日本でも似たようなの食ったことあったから試したけど……いけるもんだな」


 その昔、近所のカレー屋で期間限定で出されていたものに似た仕上がりになり、それを蒼太は気に入っていた


 亜空庫にはそのパンがまだストックされていたため、再度作ることが可能であることに蒼太は笑顔を浮かべながらあっという間に平らげる。



 同じものをもう一つ作り、食べ終えると風呂へと向かう。


 昨日と同じ手順で風呂を沸かし湯船に浸かりながら、明日からの予定を考えていく。


「まずは明日の朝に紹介状を一通もらうだろ。それからカレナの紹介状をもらいにいって、あとは旅に備えて食料と水の調達か。ついでに旅の暇つぶしの本と……一応毛布も用意しておくか。いつもテントを張れるわけじゃないからなぁ」


 明日の準備のことを考えている内に、夜遅くなってきたため風呂を上がり、寝室へ行き就寝する。



 朝、日が昇る前に目を覚ますと身支度をすませ門へと向かうと門が開錠されていないことを確認し、開錠して領主の使いを迎え入れる準備をする。


「たまには身体を動かすか」


 エドはまだ寝ていたので、新しい食事と水を出すと離れた場所に移動し亜空庫から鉄の剣を取り出す。


 眼を閉じ一度大きく深呼吸をすることで身体の準備が整う。


 そして眼を開くと、声は出さず同じ軌道を描くように一心不乱に素振りを続ける。



 蒼太が素振りを続けているとエドも目を覚まし、新しく用意された食事を食べていくが、その視線は蒼太のことを追っていた。



 エドが食事を終え、蒼太が素振りを終える頃には完全に夜が明けていた。


 タオルを取り出し汗を拭いていると、一台の馬車がやってきたことに気づく。


 馬車から御者が降りて蒼太へと話しかける。


「すいません、こちら冒険者のソータ様のご自宅で間違いないでしょうか?」


「そうだ、あんたは?」


 予想はついているが、確認のため尋ねる。



「私はこの街の領主エルバス様の使いできました、バースと申します。ソータ様にお取次ぎをお願いしたいのですが」


 バースは蒼太のおかげでエリナが救われた話を聞いていたが、彼の姿をみたことがなかった。


「あー、俺がそのソータなんだけどな……」


「はっ? えっ、いえ、その……失礼しました!!!」


 地面に頭がつくんじゃないかというくらいの勢いでバースは頭を下げる。



 たまたま早朝勤務だったため、領主命令でやってきたが、知らなかったとはいえ主の孫娘の命の恩人に失礼を働いたことに顔面蒼白となる。



 蒼太はどうしたものかと頭を掻きながらバースに声をかける。


「とりあえず、頭を上げてくれ。俺は別に怒ってないから……大体あんたにはあったことないんだから、間違えてもおかしくはないだろ」


「いえ、ですが、エルバス様の大切なご友人に対して、あるまじき態度をとってしまいましたので……」


 頭を下げたままバースは答える。



「いいから、頭を上げろって」


 脇を抱えむりやり頭を上げさせる。


「友人っていっても、ただの一介の冒険者だ。あんたがそこまで気を使うことはない」


「いや、しかし」


「い・い・ん・だ! それよりも任務を果たしてくれ。エルバスに何か頼まれて来たんだろ?」


 はっとした顔をし、急いで馬車に戻り鞄を取ってくると、その中から一通の封筒を取り出す。



「も、申し訳ありません。こちらがエルバス様よりお渡しするよう言われました紹介状になります」


 再度頭を下げながら蒼太の前にそれを差し出した。


「あぁ、ありがとうな。エルバスには礼を言っておいてくれ」


 蒼太は受け取ると身を翻し家の中に戻ろうとするが、バースは慌てて声をかける。


「あの! その、まだありまして……出発が具体的にいつになるのか聞いてくるよう言い付かりまして……」


「あー、そうだなあ。特にこれくらいってのは決めてないけど、準備が出来次第出発する。まあ、昼前くらいになるんじゃないかな? 具体的じゃないけど、そんなところだ」



 バースはまたまた頭を深く下げる。


「ありがとうございます! エルバス様にそう伝えます。お引止めして申し訳ありませんでした」


 そういうと再び馬車にのり、領主の館へと戻っていった。



「なんか、勢いのあるせわしいやつだったな……」


 紹介状を亜空庫にしまいながら蒼太はそうつぶやいた。


 いつの間にか蒼太の近くに来ていたエドも同感だと鼻を鳴らす。

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