第35話

「じゃあ、この条件で頼む」


 一時間ほど細かい巡回の頻度や掃除の度合いについて詰めて、その場で作成された契約書にサインをし契約を交わす。


「はーい、任せておいて。いつもやってたことだからね、手抜かりはないよ」


 お互いが署名したそれのマスターをフーラが、控えを蒼太が持つ。




「それじゃあ、明日の昼以降から頼む。防犯に関しては正式に鍵で入った場合は働かないようになってるはずだ」


 そう言うとフーラに金貨を手渡す。


「わかった。でも念のため明日の朝屋敷のほうに行くから、その時に改めて説明してくれると助かるよ」


「あぁ、そんなに急いで出かけるわけじゃないから、そっちも急がずに来てくれ」


「りょーかい」


 フーラは冗談めかすように敬礼をして蒼太を送り出す。




 夜も更けてきたが、フーラに言ったように明日にはこの街を出る予定の蒼太は、残りの知り合いに挨拶にいく。


 鞄から串焼きを取り出し食べながら宿屋へと向かう。


 人通りも少なくなり、通りに出ていた屋台はほとんどが店を閉めている。




 今居る場所から近い『雛鳥のやすらぎ亭』に先に行こうかとも思ったが、あまり遅くなると領主に会えないだろうと考え先に領主の館へと向かった。


 暗くなり、すれ違う人も減ってきたので蒼太は少し力を込めて走り抜ける。


 領主の館が見えてくると徐々にスピードを落とし、門の前に辿り着く頃には通常の歩行速度に戻っていた。




 衛兵の一人は蒼太に気づくと、声をかけてくる。


「おぉ、ソータ殿ではないですか。こんな時間に何か御用ですか?」


 自身の仕える家人の命の恩人とあって、蒼太に好意的な態度で接する。


「あぁ、この街を離れて遠出することになったから一応挨拶をしておこうと思ってな……時間も遅いから、それだけ伝えて貰えばいいいんだが」


「しょ、少々お待ち下さい。エルバス様に伝えてまいります。何とぞお待ちを」


 衛兵はそう言うと走って中へと入っていく。




 蒼太はどうしたものかと残されたもう一人の衛兵を見る。


「すぐに戻ってくると思いますので、お待ちください。このままソータ殿を帰しては私達が叱られてしまいます」


「そうか?」


 怒るような人には思えない。そう考えた蒼太は首を傾げた。


「厳しく怒るというようなことはないと思いますが、それでも何故引き留めなかったのかと注意はされると思います」




 そんな話をしているとドタバタと走る音が聞こえ、勢いよく扉が開かれる。


 開いた先にいたのはエリナだった。その後ろには先ほどの衛兵と息を切らせたエルバスもついてきていた。


 視線の先に蒼太を確認したエリナは蒼太へと走り寄る。


「ソータ様、この街から出て行っちゃうんですか?」


 エリナは悲しそうな顔で蒼太を見上げる。


「ソータ殿、どういうことですかな。家を買ったばかりだというのに」


 エルバスもエリナの言葉に続く。




「いや、出て行くわけじゃなくて遠出をするだけだ。帰るのはしばらく先になるかもしれないが」


「帰ってくるというのを聞いて安心はしたが、長い間空けるのなら少し詳しく話を聞きたい。上がってもらってもいいですかね?」


「……わかった、上がらせてもらおうか」


 今だ悲しい表情のままのエリナを放っておくわけにもいかず、そして領主自らの誘いとあっては断われず、二人に続いて家の中へと入っていく。




 いつもの応接室ではテーブルを挟んで、エルバスとエリナ、そして蒼太が向かい合う形で座っている。


「それで、どこに行くのか聞かせてもらえますかの?」


 エリナも隣でうんうんと頷いている。


「この話、一日に一体何度話さなければいけないのやら……端的に言うと、だ。明日の昼前くらいにエルフの国に向けて出発する。場所が遠いということもあるし、そもそも入国に時間がかかる可能性も考えて戻ってくる時期はとりあえず不明だ」


 エルバスは眉間に皺を寄せる。


「エルフの国……それはまた遠いところに。入国審査を考えると、早くても数ヶ月といった所ですか。何をしに行くのか伺ってもよろしいですか?」


「そうだなぁ、個人的な用事としか言えない。おいそれと話せる内容じゃないんでな」


「そう、ですか。まぁ、どんな理由にせよ我々にもギルドにも冒険者を縛ることは出来ませんから、引き止めるようなことはしません。ですが、必ず帰って来て下さい。まだまだお礼をし足りませんからの」


「そうです、ぜったい、ぜーったい帰って来て下さい。私もソータ様に恩返しできてません!」


 先ほどまで下を向き俯いていたエリナは毅然とした表情で言った。




「そうか、楽しみにしてるよ。今日の玄関まで走ってきたのを見ると大丈夫そうだが、俺が帰ってくるまでに身体の調子を戻しておけよ」


 エリナ少し頬を赤らめ下を向く。


「もう、ソータ様はいじわるです」


 エルバスはそんな二人のやりとりを微笑ましく見ていた。




「おぉ、そうじゃ。ソータ殿、どれほどの効力があるかわかりませんが入国の助けになるように紹介状をわしのほうで書きましょう。この街は比較的エルフとの交流もあるほうですので、もしかしたら何かの助けになるかもしれませんからの」


「助かる、一応カレナにも書いてもらったんだが、貴族からとなると邪険にも出来ないだろうから」


「うむ、今日中には書き上げて、明日の朝には屋敷のほうに届けさせます。それまでしばしお待ち下さい」


 エルバスは準備のために立ち上がる。


「それじゃあ俺も、お暇させてもらおう。家にいる馬が心配なんでね」


「じゃあ、お見送りします」


 蒼太も、エリナも続いて立ち上がる。




 エルバスとエリナ、そして屋敷の使用人に見送られ領主の館を後にする。


 蒼太は宿にも寄ろうと思っていたが、時間も遅くエリナに言ったようにエドのことが気になったため、自分の家へと真っ直ぐ帰ることにした。

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