第20話



『それはおかしいのう、我の中にある知識と食い違う』



「どういうことだ?」



『うむ、石熱病は人にとって難病で特効薬はあるがそれ以外では治せんし、できてもせいぜいが進行を遅くする程度だ。そして、その薬を作るためには竜の素材が必要。これは合っておる』


「……ということは、その素材が違うってことか」


 古龍は頷く。


『その通りだのう。我の知識に照らし合わせると、それは竜の肝ではなく涙でいいはずだがのう。量も数滴でよかったはずだ』


「……領主のじいさんは一体誰に作り方を聞いたんだ? 肝と涙じゃ取得難易度が違うだろうに」


 肝を手に入れるには竜の腹を切り裂き身体から取り出す必要があるが、涙であれば今回のように話せる相手であれば、互いに一滴の血を流すこともなく手に入れることも可能である。



『そうだのう、なんだったら我の涙を分けてやってもいいぞ』


「悪いな、確かどっかに入れ物が……あった」


 古龍の前でも荷物から取り出すように見せ、背中のリュックに手をいれ亜空庫から小瓶を取り出す。


『それに入れるのかのう……? まあいい、いくぞ』



 古龍は眼が蒼太の真上にくるような位置へと移動する。


 そして、涙が零れ落ちる。竜の涙の一滴はその量が多く、それを小瓶で受け止めようとした蒼太はびしょ濡れになってしまう。


「ぺっぺ、しょっぱ」


『おー、すまんのう。だが、その小瓶で受け止めるのがそもそも無理だった気がするがのう』


 小瓶をしまうと清潔の魔法で装備を綺麗にする。



「あと、念のためあんたの知識にあるっていう薬の他の材料も教えてくれるか? その教えたやつが他の素材に関しても嘘をついてたとも限らないからな」


『了解した。まず竜の涙を数滴、それからバジリスクの爪を少し、聖水を適量、それから癒しの木の葉を3枚。分量が少し曖昧だが、そこはなんとかしてくれ。我もそこまで細かくは聞いていなかったようだのう』



「……それなら俺のほうでも揃うな、言われてみると俺が昔聞いたのもそんな感じだった気がする。これで領主のじいさんの孫は助かるだろう。問題は、薬のレシピが違っても大丈夫だってことをどう納得させるかだな。俺が作ったほうが早いが、素直に飲んでもらえるかどうか……」


『どう説明するかが肝だのう』


「肝の話だけにな……ってうるさい!」


 蒼太の反応に古龍は笑った。


『かっかっか、すまんすまん。こうやって誰かと話すのは久しぶりでのう、ついついな」



「ったく、人が悩んでいるっていうのに」


 蒼太は頭をかきながら苦い顔をする。


『そうさなあ……下手に言いくるめようとせずに効果を見せるのがいいかもしれんのう』


「だが、俺に出された依頼は肝をとってくることだ。そこから先の薬の作成は、じいさんの部下だかが作ることになるはずだ」


『そこはなんとかするしかないのう。大事なのは、誰が薬作るかではなく、その娘を助けられるかどうかだからのう』



 古龍の言葉に一瞬言葉を失う。


「……確かに、確かにその通りなんだが……それを竜に諭されるというのは、なんかこう釈然としないものがあるな」


『ふはは、まあお主より遥かに長生きしておるからのう』


「はぁ、なんとかやってみるか。なかなか面倒なことになりそうだ、いっそあんたを殺して肝を持ってったほうが楽なんじゃないかとさえ思うよ」



 蒼太の言葉に古龍の頬を一筋の雫がつたう。


『わ、我に冷や汗をかかせるとはな。ほ、本気ではないだろうのう?』


「……冗談だよ、こんな気が抜けた状態で今からあんたと戦う気にはなれないさ」


 手をひらひらと振りながら気の抜けた表情を見せる。


『その間が気になるが、気にしないようにしとくかのう』



「そうしてくれ。それじゃ、俺は行ってみるよ。薬のこと教えてくれてありがとうな」


『待て、このまま山を下りたら魔物と戦うことになって面倒だろう。麓まで送ろうかのう』


「お、悪いな。助かる」


 古龍は身体を低くかがめる。蒼太は背中へと飛び乗り、それを確認すると古龍は空高く飛び上がる。


「いくぞ」



「おー、気持ちいいな。風圧が抑えられてるのはあんたの魔法か何かか?」


『うむ、我が乗せると言ったのに不快な思いをさせるのは悪いからのう』


 周囲に薄い風の障壁を張り、風が通り抜ける量を調整することで不快にならない程度の風圧になっている。



 山の上空を数度旋回してから、ゆっくりと山の麓へと向かっていく。その間、空を飛ぶ魔物を遠くに見かけたが、こちらを視認すると急旋回し逃げていく。



 ふわりと着地すると風の障壁は解除され、蒼太は背中から飛び降りる。


『街まで送ってもいいが、大騒ぎになってしまうからここまでだのう』


「いや、ここで十分だ。近くに連れを待たせてるからな」


『もう会うことはないかもしれんが、達者でのう』



 古龍の言葉に蒼太は首を横に振る。


「案外早く会うことになるかもしれないぞ」


『ん? それはどういうことかのう?』



「……涙で治らなかった時は……な」



『そ、それは大丈夫だと思うがのう。我はお主とは敵対したくないからのう』


「冗談だ、もしダメだったらまた別の方法を探すさ」



 古龍は首をひねる。


『特効薬以外では治せんと言ったはずだがのう?』


「あぁ、だがそれはあんたのこれまでの知識と照らし合わせた場合だろ? 俺の持つ知識はあんたの中にないだろうし、どこかの誰かが研究して新しい方法を発見してるかもしれないからな。まあ、どうしてもダメそうだったら仕方ないさ、そこまで責任は持てんよ。俺は万能じゃないからな」


『そうだのう。確かに我はここ数百年で人と話したのはお主だけだ、情報が更新されていないだけの可能性も十分あるのう』


「そういうことだ。万が一俺が責められるようなことがあったら、さっさと別の街にでも移動するさ」


『ふむ、遠くに行くようなら我が送っていこう。しばらくはここにいるからのう』


「麓まで送ってくれた時点で既に思ってたが、最初に比べて、かなり友好的だな。いきなりブレスを放ってきたくせに……」



 蒼太に痛いところを指摘され、視線が泳ぐ。


『それは……すまんかったのう。まあ、そのことを悪く思っておるのと、龍神様の加護を受けるに足るとわかったのでな……竜族は基本的には加護を受けた者を悪くは扱わんからのう』


「実はそんなに気にしてないけどな、まあ何かあったら来るよ。色々と助かった、同行馬を探しに行かないとだからそろそろ行くよ。じゃあな」


『気にしていないのならよかったのう。では、またのう』



 古龍と別れると、蒼太はエドワルドを置いてきた森へと向かう。

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