第19話



 既に放たれたそのブレスの速度は速く避けるにもその範囲は大きく、蒼太の身体は飲み込まれていく。



 ただの強者であれば、矮小な人間がブレスに耐えるとは思わず油断をしていたかもしれない。



 しかし、竜からは油断は感じられず、蒼太が立っていた位置をじっとにらみつけている。


 ブレスが消え、煙がはれてくるとそこには蒼太が剣を構えた状態で立っていた。



 蒼太はブレスを受ける瞬間、サラマンダーのマントに耐火、耐熱の付与魔法をかけその特性を強化する。


 そして、竜斬剣へ魔力を流しそれを中心に氷の魔力を周囲に展開していく。



 装備と魔力で熱を軽減し、ブレス本体を氷の魔力剣となった竜斬剣で二つに切り開くことで対応しようとしたが、完全に封殺することは出来ず、髪の一部が焦げ、手や顔などの露出している部分にも火傷を負っていた。


 蒼太は火傷を気にせず、わが身を振り返ることすらせずに竜に向けて走り出していた。



 竜は蒼太の動きを注視しており、あわよくば二発目のブレスを撃とうと考えていたが、ブレスを撃つには強大な魔力の集中が必要であり、思っていたよりも蒼太の動き出しが早いかったため、再度撃つまでの時間を稼ぐことが出来なかった。



 ブレスの代わりに用意したのは火魔法の「ファイアボール」、決闘の際にゴルが初弾で使ってきたあの魔法である。


 だが、人が使うのと竜が使うのでは同じ魔法でも全く異なる結果となり、蒼太の見える範囲には十を越える数のファイアボールが浮かんでいる。


 大きさも、ゴルのものよりふたまわりは大きいもので威力は考えるまでもなかった。



 その火球は、左右前上から襲い掛かったり、複数が集まり更に大きな火球になったり、時間差で連続して向かっていったりと様々なパターンで次々に蒼太へと襲い掛かる。


 蒼太は時には避け、時には斬り、時にはアイスボールを生み出し爆発させたりとそれに対処するが、蒼太の足は止まらず距離を詰めていく。



 蒼太へのファイアボールが通用するとは思っていないようだったが、近寄ってくることは想定外だった。


 次の一手として竜が動いたのはそれまでと変わらずにファイアボールだったが、今度は蒼太の少し前方の地面に放った。


 地面が爆ぜる音とともに大きくえぐられ、土煙がたつ。その煙へ向かってと今までで一番大きな火球を放つ。



 しかし火球は煙の中をそのまま素通りしていく。



 蒼太は爆風に紛れた瞬間、足へと身体強化を付与し横へ飛び竜の右側に移動する。


 右に首を向けた時には既に蒼太は攻撃の射程範囲内に入っており、竜斬剣を振り下ろす。


 魔力のこめられた一撃はそのまま竜の皮膚を鱗ごと斬り裂くはずだったが、鱗に傷をつけるだけに留まり、それ以上は深く斬れずに弾かれてしまう。



 火竜との戦闘経験はあり、その時は成体だったが今の一撃と同等のもので傷をつけることが出来ていた。


 それゆえに、幼成体であろうこの竜へ攻撃が通らないことに驚愕の表情となる。



 蒼太の驚きはそれだけには留まらなかった。



 剣を弾かれたため、距離をとり体勢を整えているとそこへ新たな魔法が飛んでくる。


 それは先ほどのまでのファイアボールとは違い、雷属性の「サンダーボルト」であった。


 初級魔法だが、ファイアボールと同様その威力は初級のそれではなかった。


 驚きながらも蒼太は魔法を剣で受け止める。驚いた隙をつかれていたため、ふんばりがきかずに後ろへ吹き飛ばされる。



 竜は鱗の色によってその属性が分かれる。


 赤であれば火系統、青であればその濃さによって水や氷系統に、緑であれば風系統、黄色であれば土系統というように。


 そして雷を司る雷竜であれば、その鱗は銀色をしている、はずである。


 しかし、目の前の竜は赤い鱗をしている。そして放ったブレスも炎属性で、使ってきた魔法のファイアボールも属性にあったものだ。



 蒼太は驚きを抑え、竜に鑑定を行う。


 その種族を見て、蒼太は鋭い視線と共に口を開く。



「おい、あんた話せるんだろ?」


『ほう、それに気づいたか。鑑定のレベルが高いようだのう』


 蒼太は構えを解かずに会話をする。古龍は実際には口を開いておらず念話で会話をしている。



「その見た目は一体どういうことなんだ?」


『それはお主もおなじだろうて、理由も大して変わらんだろう』



 蒼太は竜の正体を知るため、名前と種族を見ていた。



『お主もその力を隠しておるのだろう? 龍神様の加護も受けているようだのう。見た目も変えているようだ、それは確か偽装の腕輪といったかのう』


「そこまでわかるのか……あんたも古龍だっていうのに、火竜に偽装してるのか? でも、別に力を隠す必要はないだろ?」


『ただの火竜だと、恐れるか命を狙ってくるかのもたまにあるくらいだ。しかし、古龍になると段違いに命を狙ってくるものが増える上に、信仰してくるものまで現れてそれが面倒でな』


「なるほどな。それでここで静かに暮らしてるとこに俺が踏み入ってきたってことか。俺の力や加護のこともわかってるってことは、今までのは力試しってとこか?」


 古龍は口を開き笑う。


『かっかっか、あれくらいで死ぬようでは龍神様の加護を受けているという我の見立ても間違っているだろうと思ってのう。火竜の力だけで押し切るつもりだったが、存外やるもんだのう』



 試しであのブレスを撃ったことにあきれる。


「あのブレスはなかなか強烈だったな、下手すれば死んでるぞ」


『だが、生きてるだろう? 結果よければ全てよしだのう』


 蒼太はやれやれと呆れ顔になる。



『で、お主はなんでここに来たのだ? まさかお主ほどの実力で力試しということもないだろうしのう』


 蒼太はやや逡巡したがそのまま話すことにする。


「……俺は依頼で来たんだ『石熱病』の薬をつくるために、竜の肝が必要なんだとさ。作るのが難しいとは知っていたが、竜の肝まで必要とはな」


 古龍は蒼太の回答を聞き怪訝な声を出す。


『それはおかしいのう、我の中にある知識と食い違う』



「どういうことだ?」

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