第16話



 食堂で朝食を食べると蒼太は腰に鉄の剣を装備し、宿を発つ。


 入り口では、ミルファーナ、ミリ、ゴルドンが見送りをしてくれた。



「いってらっしゃい」


「無事に帰ってきて下さいね」


「……またメシを食いに来い」


「あぁ、行ってくる。部屋のほうは昨日言ったとおりで頼む」


 三人に手を振り別れを告げ、トゥーラの街を後にする。



 街から徒歩で死の山へ向かうには1週間程度かかってしまうため蒼太は馬車を購入することにした。


 街には冒険に必要な大抵の店があり、馬車も専門で扱っている店がある。早朝であったが、冒険者の朝は早いためそのほとんどの商店は既に開いていた。


 ミルファーナに場所を聞いておいたため、馬車屋へはスムーズに向かうことが出来た。



 その店はかなりの大きさで、店先には馬車の本体が並んでおり、店の裏のほうからは馬のいななきが聞こえてくる。


 並んだ馬車を拭いている男がいたので、蒼太は声をかける。


「すまない、馬車を買いたいんだが」


「おぉ、いらっしゃい。俺は店主のスタレンだよろしくな」


「あぁ、よろしく。俺はソータだ」


 スタレンがに差し出した手を握る。


「それでどんな馬車が欲しいんだ? サイズで言えば小型、中型、大型。形で言えばフードタイプ、幌タイプ、箱型。それ以外にも遠出には向かないが屋根つきで横があいてるタイプとか、他にはそうだな……貴族が乗るような豪華なものもあるぞ」



「そうだなあ」


 蒼太は店頭に並んでいる馬車を見て回る。そして一つの馬車の前にたどりつく。


「……これいいな。これはいくらだ?」


 それは幌馬車タイプでやや小型なタイプだった。


「そいつだと……御者が一人でそれ以外に3~4人が定員ってとこだな。色々荷物を積むとしたら少し手狭になるが。値段は……金貨7枚になる」


「金貨7枚だな。だったらこれをもらおう、馬も欲しいんだがあんたのとこで買えるのか?」



 スタレンは頷くと親指で店の裏手を指差す。


「声が聞こえるだろ? 裏が厩舎になってる、見てもらって気に入ったのを選んでくれ。値段は馬ごとに異なるがな」


 スタレンの案内で裏手へと回ると、何頭もの馬がいた。


「好きに見てまわってくれ。撫でるのも構わないしそこにある野菜を食わせるのも構わない……だが、攻撃的なことだけは止めてくれよ」


「わかった」


 蒼太は箱にいれてあったにんじんのような野菜『ラディ』を手に取るとゆっくりと馬の顔を見て回る。


 エサをもらおうとなついてくる馬、近寄っても興味がないとばかりに反応の薄い馬、近づくだけで一歩下がる馬など様々な反応をする。


 蒼太はどれもぴんとこず、仕方なく最初に見た人なつこい馬にしようかと考えていた。



 しかし最も奥にいた馬を見た瞬間にその考えは消える。



 その眼は力強く、身体も他の馬に比べ大きく、毛並みもよく、四肢の黒味も薄く、全体的にやや暗い赤褐色をしている。


「どうだ? 俺についてくる気はあるか?」


「お客さん、そいつは!」


 スタレンは慌てるが、その馬は抵抗することなく蒼太の手を受け入れなでられている。


「食うか?」


 ラディを差し出すと、それを素直に口で受け取り食べ始める。



「……そいつは暴れ馬で、知り合いに躾けてくれと預けられてたんだが」


「そうなのか? そんな風には見えないが……で、こいつはいくらなんだ?」


 蒼太はペロりと頬を舐められながら尋ねる。


「預けてったやつも、無理ならいくらででも売ってくれていいって言ってたからなあ……あんたのことを気に入ってるようだし……金貨1枚でどうだ?」


「よし買おう。馬車と合わせて金貨8枚だな……これで8枚あるはずだ。確認してくれ」


 ここの馬の平均価格は金貨3枚で、最初に見た人なつこい馬で金貨5枚する。蒼太はそれを知らないが、馬の能力だけを見たら破格の値段だと言えるだろう。



「……ちょうどだな。それじゃ、馬車に取り付けるから少し時間がかかるぞ」


「あぁ、頼む」


「それと確認なんだが、すぐに馬車を使うのか?」


「準備が出来次第東に向かおうと思ってる」


「そうか……それなら東門で待ち合わせにしないか? 他に用意するものとかあったら買い物を済ませてればいい、その間にこっちの作業も終わらせておくから」


 蒼太は少し考えて頷く。


「……それで頼む。後で合流するからその間あばれずにスタレンの言うことを聞くんだぞ」


 ブルルと鼻を鳴らし、わかったとでもいうように返事をする。


「ははっ、本当になついてるな。1時間後くらいには東門にいけるはずだ、その頃にあんたも来てくれ」


「わかった、じゃあ頼んだ」


 そういうと、一度馬の背中をなで馬車屋を後にする。



 一時間後


 蒼太はゴルドンの作った料理以外に、出店の料理を買いだめたり、水や旅に必要そうな雑貨を買った後、時間通りに東門へと到着する。


 既にスタレンは着いており、馬車の最終チェックをしていた。


「早いな」


「ん? おぉ、あんたか。あんたは時間通りだな、冒険者のようだから遅れたりするかと思ってたよ」


「俺はあんたのほうが遅れるかと思ってたよ。悪いな」


「いやあ、そういう商人もいるからな。そう思われても仕方ない……それより、準備は出来てるぞ。馬車の操作方法はわかるのかい?」



「大丈夫だ、昔教えてもらったことがあるからな」


 蒼太は馬車の操縦を教えてくれた男のことを思い出す。


「ならいい。馬車の修理もやってるから、壊れたりしたら来てくれ」


「あぁ、助かったよ。それじゃ、早速行くかな」


 馬車に乗り込む蒼太を見て、荷物がないことをスタレンは一瞬疑問に思ったが、マジックバッグを持っているのだろうと納得する。



 蒼太の役にたつことが嬉しいのか馬はヒヒーンと喜びの声を上げながら出発する。


 その蒼太はどんな名前にするかな? と色々な候補を頭の中で挙げながら手綱を握った。



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