第15話

「ソータさん、生きて帰ってきて下さいね」


 ミルファは泣きそうな顔で懇願する。


「あぁ、大丈夫だ問題ない。準備があるから、俺はもう行くぞ」


「ソータ殿、頼みます。なにとぞ孫を救ってくだされ」


 エルバスに続いて他の面々も再度頭を下げる。



 それを一瞥すると、蒼太は部屋を出て行った。



 一階に降りると、蒼太に視線が集まる。


 低ランクとはいえ数々の依頼をこなし、なりたての冒険者が何度もギルドマスターに呼ばれる。


 更に、彼を眼にかけている冒険者が実力者のガル・ゲル・ゴル三兄弟であることが注目の一因になっていた。



 依頼受付が空いているため、アイリはホールの床のモップかけをしてた。


 そこへ新進気鋭の冒険者蒼太が現れ、その顔は難しい顔をしている。


「ソータさん、どうかされたんですか? 眉間に皺がよって怖い顔してますよ?」


 アイリは興味から声をかけ、自分の眉間を指差しながら言う。



「ん? そうか、それはよくないな」


 蒼太は顔のマッサージをして顔をほぐす。


「これでどうだ?」


「うん、いいですね」


 アイリは人差し指を立てて笑顔で言う。


「それで、何かあったんですか?」


「ん、あぁ。少し面倒な依頼を受けたもんでな、ちょっと色々考えてたんだ」


「ほえー、マスターから依頼されるなんてすごいですね。この間登録したばかりなのに」


 口元に手をあて、驚く。



「まあ大した依頼じゃないさ。俺のランクにしては高いランクの依頼だったから他の冒険者と揉めないようにってことらしい」


「なるほどー、どんな依頼ですか? とは聞いちゃいけないですよね……気をつけていってきてくださいね」


「あぁ、ありがとうな。そう遠くないうちに戻ってくる予定だ、じゃあ行ってくる」


「はい、いってらっしゃい」


 満面の笑顔で蒼太を送り出す。


 周りの冒険者達からは先ほどとは違い、怒り、羨望、嫉妬のこもった視線が送られている。


「?」


 視線の種類が変わったことに首をかしげながらギルドを後にする。



 死の山に向かうための準備の一つ目として、宿屋に戻る。


 最初の10日分の支払いも残り少なくなってきているため、依頼の途中で期限がきれることを懸念していた。


「あ、ソータさんおかえりなさい。おうちのほうはどうなりました?」


 宿を出る前の悲しそうな表情はなく、いつも通りの笑顔で蒼太を出迎える。



「あぁ、いい家だったんだが値段がちょっと高くてな。その金を稼ぐために少し長期の依頼を受ることになったんでここに戻ってきたんだ」


「あー、ソータさん10日間の予定でしたもんね。今日で7日目だからあと3日ですか」


 3日以内に帰ってくれば問題ないが、それを過ぎてしまった場合宿によって対応が変わる。


 ある宿では荷物は即処分される、またある宿では一週間程度保管する。また中には一年以上保管する宿もある。


「うちでは基本的に一週間くらいは荷物保管しておきますよ。言っておいてもらえれば、保管金を払ってもらえればもっと長期間預かります」


 蒼太が気にしている点を察して、先回りする。


「鋭いな」


「ふふーん、恐れ入ったか……なんて、他にもそういうお客さんがいるからわかっただけなんですけどね」


 ぺろっと舌をだす。



「そうだったのか、まあ俺は荷物は全部マジックバッグに入るから俺が戻ってこなかったら引き払ってもらえればいいんだけどな」


「おー、すごい! 容量大きいバッグなんですね!! いいなぁ……私も小さいのでいいからマジックバッグほしいなあ。買い物するのに便利そう」


「小さいのなら安いものもあるから、小遣いためて探すといいかもな」


「ですね、いいのがあるといいんですけど……」


「荷物はいいんだが、それ以外に頼みたいことがあってな」


「あらあら、なんでしょうか」


 手の空いた女将も会話に加わってくる。



「頼みたい相手は厨房のシェフになるんだが、今度ギルドの依頼で少し長い間この街を離れることになったんで食事を作ってもらいたいんだ」


「まあ、あの人の料理をそんなに気に入ってもらえましたか。お弁当なら別料金になりますが、言ってもらえば作りますよ。他にもそういう方はいらっしゃいますし」


 女将は手を合わせ喜んだ顔になる。



「あー、弁当もいいんだがある程度量が欲しくてな。そうだな……朝昼晩の三食を一週間分作ってもらいたいんだ」


「えぇ、そんなにですか! すぐに食べないと腐っちゃいますよ!!」


「……もしかして、時間静止型のマジックバッグをお持ちなんでしょうか?」


 女将はやや声をひそめてたずねる。



 マジックバッグにはいくつか種類があり、収納型、これは通常のバッグより中身が大きく物を収納することが出来る。


 時間静止型、これは収納型の機能に加え中身に収納したものが収納した際の状態を保ち続けるというもので、現在の技術では作ることが難しく価格も高く一般人では到底手が届かない品物だった。


「バレると騒ぎになるから黙っててくれよ。でもまあ、そういうことだから通常の食事で21食作ってもらいたいんだ」


「わかりました、そういうことなら大丈夫だと思います。ちょっと話してきますね」


 女将はそう言うと厨房へと入っていく。



「ソータさん、なんかすごいの持ってるんですね」


「まあな、ミリも内緒にしておいてくれよ」


 蒼太は指を口にあてて、内緒のポーズをする。


「わかってます! 内緒です!」



 ミリとそんなやりとりをしていると、いつも声を聞くことしかなかったシェフ。ミリの父親が蒼太の下へやってくる。


「あんたがソータだな、俺の名前はゴルドンだ。話は妻から聞いている。21食って話だが、種類はどうする? 全部同じというわけにもいかないだろ?」


 仕事中は滅多に厨房から出ることはないが、作る食事の内容を詰めるためにきた。



「そうだな……具体的なメニューはあんたに任せるが、サンドイッチ系のものを7食、魚料理をメインにしたものを7食、肉料理をメインにしたものを7食用意してほしい。それと出来れば食器もそのまま持っていきたいんで料金に食器代も含めてほしい」


「わかった、出発はいつだ?」


「明日、早朝にでも行こうと思ってる」


「ふむ……それなら間に合うな、ギルドに行ってたなら昼飯はまだだろ? 昼飯も一緒に作るから、出来たものからカバンに入れていってくれ。温かい内に保管したほうがいいからな」


 今の時間は昼を数時間過ぎた頃だった。


「金額はいくらだ?」


 料金の話をしようとするが、ゴルドンは背を向け厨房へ戻ってしまう。



 蒼太は思わず手を伸ばして止めようと声をかけようとするが、すぐに女将が蒼太の前へと移動し対応する。


「すいません、あの人は料理のこと以外はからっきしで。料金の話は私のほうでさせてもらいますね」


「あぁ、頼む」


「合計21食なので、一食あたり銅貨50枚で合計が……銀貨10枚と銅貨50枚でどうでしょうか。食器は使い捨ての安いものにしますので値段はサービスします」


「ありがとう、値段はそれで大丈夫だ。先に払っておくよ」


 そういうと、カバンに手をいれ金額ちょうどを支払う。



「それでは、お昼とご依頼の食事を用意しますので食堂のほうでお待ちください」


「さあさあ、ソータさんいきましょ。私が案内します!」


 ミリに手を引かれながら蒼太はゴルドンの名前は聞けたけど、女将の名前を知らないなあなどと考えていた。



「ち・な・み・に」


 席に到着するとミリは振り返り。


「お母さんの名前は、ミルファーナで私はミリアーナですよ」


 心の中を読まれたのかと思い蒼太はドキッとする。


「さっきお父さんが名前を言ってたけど、私の本名とお母さんの名前を言ったことないなあって思って」


 ミリが笑顔でそういったことで、ただの偶然かと蒼太は安心する。



 いつも通りのおいしい食事を食べ、次々に作られていく食事をカバンの中にいれながら蒼太の昼食は過ぎていく。

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