第7話
蒼太はギルドを足早に出ると宿へと向かった。
トゥーラは冒険者の街というだけあり、冒険者が過ごしやすいような造りになっている。
街の中央に冒険者ギルドがあり、その周囲には宿屋が複数軒。値段によってランクに違いがあるが全て冒険者ギルドと提携をしている。ギルドへと続く道へは各商店が軒を連ねている。
その内の中ランクの宿屋に入る。
1階のホールは広く、食堂を兼ねていて宿泊客以外に食事目当ての客もいる。
「いらっしゃいませ、食事でしょうか? それとも宿泊でしょうか?」
日本で言えば中学生くらいの女の子がそう言って蒼太を迎える。身長は150cmいかないくらい、元気印といった笑顔で肩で切りそろえられたピンクがかった髪がゆれる。
最も特徴的なのはその頭にある獣耳だった。彼女は虎の獣人であり、スカートから出ている尻尾は縞模様でそちらも元気に揺れている。
「宿泊したいんだが、部屋は空いてるか?」
宿泊と聞き一層その笑顔が輝く。
「はい! 空いてます!」
「そいつはよかった、料金を教えてもらっていいか?」
「はい、一泊銀貨7枚、朝食・夕食は料金に含まれていて。1階の食堂で食べてもらうことになります。昼食は料金は別になりますが食堂で食べられますし、お弁当も作っています」
いつも説明しているだろう言葉をすらすらと紡いでいく。
「なら十日頼む」
「おかーさん、お客さんだよー! 十日の滞在だって!!」
離れた位置にいる女将へ知らせるため彼女は大きな声で呼びかける。
彼女と同じく虎族の獣人のおかーさんと呼ばれた女性は母には見えず姉と言っても遜色ないほど若く見える。彼女とは違いロングヘアーで髪の色は同じ、活発な彼女とは反対におっとりとした優しい雰囲気を持っている。
「ミリちゃん、ありがとうね。でもそんなに大きな声を出したら他のお客様に迷惑だからもう少し小さい声でね」
注意をするが笑顔で声をかける。
「はーい、ごめんなさい」
母に頭をさげると蒼太のほうを向きウインクしながらぺろっと舌をだし、そのまま走って食堂の給仕へと移る。迷惑をかけられたであろう食事をしている客達はいつものことと知っているのだろう、ミリに笑顔を向けている。
「すいません、元気なのはいいんですけど騒がしくって」
やや眉毛を下げ、申し訳なさを含んだ微笑みで蒼太を見る。
「いや、気にしなくていいさ。それより十日泊まりたいんだが大丈夫か?」
「はい、もちろんです。料金はあの子が言ったと思いますが、十日で銀貨70枚になります。必要であればお湯は桶一杯で銅貨2枚になります」
蒼太はリュックに手を突っ込み亜空庫から銀貨を出し渡す。
「……はい、確かにお預かりしました。これが鍵です。2階に上がって左にいった一番奥の部屋になります」
「延長したい場合は後で言えば大丈夫か?」
「はい、十日目までに言ってもらえればいつでも大丈夫です」
「わかった、それじゃあとりあえず十日間世話になる」
「はい、ごゆっくりしていって下さい」
女将から鍵を受け取り部屋に行き、鍵をかけると今後の指針についてメモ帳にまとめる。
現状の分析と問題点、それから今後の目標。これらを明確にすることで今後の進路を決めようとしている。
・現在の状況
1.王都から脱出完了
2.城から今後追っ手がくる可能性がある
3.冒険者ギルド登録完了、ランクは一番下のF
4.素材買取でひと悶着あり
5.今後の予定は現状特になし
6.自分のステータスには今も「最適化中」の文字があり能力が確定していない
7.現状でも以前の自分のステータスを優に超えている。
・問題点
1.王都からの追っ手
これに関しては鑑定は隠蔽で防ぎ、見た目も偽装しているので問題なし
2.自分の力の一端をギルドの上の者に知られた
予定よりは早いがいずれわかることだから問題なし
3.目標がない
・当面の目標
1.ギルドでランク上げ
これはDランクまでで止める予定、C以上の指名依頼が面倒臭い
2.金稼ぎ
過去の素材、金、宝石類を出せば一財産築けるがそのへんは最小限に留めるから当面の目標の一つ
3.拠点確保
家の購入に限らず、しばらく逗留する場所の確保
・長期目標
1.過去の自分がなぜ送還されたかを突き止める
魔王を倒したと思ったら元の世界にいた、夢かと思う日もあったが信じた日々は正しかった
2.前の召喚の際に共に旅をした仲間のその後
1000年という月日によりそれぞれが寿命を迎えただろうが、戦いの後どうなったのか
3.送還されないように手を打ったが、この世界にいる理由を見つけていく
「こんなところか」
なんとなくはわかっていたものを改めて整理することで蒼太の気持ちは落ち着いていた。
ギルドを出たときにはうかつに自分の力を示したことを後悔していたが、自分で問題なしと確認すると心に余裕が出来た。
「当面の目標をクリアしつつ、長期目標のために現在の各国の情勢と位置の確認が必要になるな……それにしても」
地球に送還されたばかりの頃は突然の帰還だったため、記憶が混乱していた。しかし旅をしていた間のことは徐々にクリアになっていき、記憶も落ち着いていた。
ただ、送還魔法を使われた瞬間のことは曖昧だった。魔王にとどめを刺したところまでは覚えている、次の記憶は放課後で誰もいない教室にいる状況だった。
この世界に再び召喚されたことで空気、匂い、雰囲気などから過去の思い出がより鮮明さを取り戻していくが、それでもその時の記憶だけは戻ってこない。
「あの時の真実を知る。それが最大の目標だな……」
メモを見つめながら決意を新たに立ち上がる。夕食を食べるために。
一階に降りると食堂はっさきまでの賑わいが落ち着きを見せ、数人が食事をしている程度だった。
蒼太は手近な席に着くとメニューを手に取る。
「何になさいますか?」
笑顔でそう聞いてきたのはミリだった。
「お勧めは?」
「それはもちろん、ボアステーキのオリジナルソースがけですよ!」
メニューの一覧の一番上を指差しやや興奮しながら答える。
「普通に焼いただけでは固いですが、うちは特製のタレに漬け込んでやわらかくして、ややレアな焼き加減そこに父さん特製のオリジナルソースをかけたら、それはもう最高です!」
ミリの熱弁に蒼太も唾液が出る。
「それに決めた、大盛りでよろしく!」
「了解です! お父さーん、ボアステーキ大盛りで一つ注文入りましたー」
「あいよー」
ミリが注文を伝えると厨房からやや野太い声で返事が返ってくる。
しばらくすると1ポンドはあろうかというサイズのボアステーキとパンが運ばれてきた。
「いただきます」
ナイフが抵抗なくステーキへ入っていく。たっぷりとかかったソースからもいい香りがする。
口にいれた瞬間蒼太は出すつもりもなかったのに自然と声が出た。
「うまい」
肉は口にいれるとまるで溶けるかのような柔らかさで、歯の抵抗もほとんど感じることなく噛み切ることができた。
ソースにも深みがあり、野菜のうまみが溶け出している。
蒼太はそれ以降は何も言葉にせず一心不乱にステーキを食べ終えた。
「まさか、こんなうまいものが食えるとは思わなかった」
「でしょー、お父さんは王都のレストランで修行した一流のコックなんだから」
父親のすごさを語りながら、ミリが年の割りに大きな胸を張る。
「宿をここにして正解だったよ」
その言葉にミリも、別のテーブルを片付けている女将も笑顔になる。
サービスで出されたフルーツを食べ終え、部屋へと戻りベッドに身を預けると、知らず知らずにたまっていた疲れからそのまま眠りへと誘われていく。
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