第3話 ある兵器開発ラボの話

 一にスペック二にコスト。

 こと兵器において、カッコイイとかカッコ悪いという要素は、運用を決定する者にとって二の次になりやすい。極論、ステルス戦闘機はステルス性さえ実装されていればどれだけ不細工でも構わないのだ。

 よって開発者もまた、数値の羅列と睨めっこを繰り広げ、デザインを度外視することも珍しくはない。

「しかし教授、これは流石に……」

 眼鏡に白衣、出世に縁のなさそうな男が呟く。

「どうした助手よ、スペック通りの出来だろう、雪上でも問題なく活動できる兵站の輸送機だ。保護色をはじめとしたカムフラも完璧に再現している」

 教授と呼ばれた男、こちらも白衣だが着こなしは助手と呼ばれた男よりも数段上だ。その代わり髪やひげは伸ばしっぱなしな上に寝ぐせも放置しており恋愛や結婚とは程遠いイメージを受ける。

「だからってどうして雪男型になるんですか!」

「雪男ではない、ビッグフットだ。現代の妖精だよ」

「そんな可愛らしいものじゃないでしょう」

「ゲームのやりすぎだ、グレムリンすら知らないわけじゃあるまい」

 教授は手に持ったタブレット端末で助手の頭を小突く。

「観光名所かなにかですか」

「いいや、名作映画。まあ、あれを可愛らしいという人種もいるみたいだが私はそうは思わんね」

「映画の妖精だったら、自分はティンカーベルが好きです」

 聞いてない、と教授はその主張を切り捨てた。

「まあ、ともかく妖精は存在しない。グレムリンに関しては機械にいたずらをして不調を起こす、という話だからまあ正体は虫かなにかということもあるが、少なくとも人々が夢想する妖精という生き物は存在しないんだ」

「だからってイカれてますよ。まずは存在しない生き物の構造を仮定してそのモデルを兵器に組み込むだなんて」

「生物は良い、彼らは数億年分の進化の積み重ねだ。マグロの構造を魚雷に組み込んだり、アルマジロの移動パターンを組み込んだドローンなんてのもあったな」

 教授は楽しそうに捲し立てる。

「だからビッグフット?」

「そうだ、雪山の斜面を問題なく移動し神秘だと語られるほどに目撃情報の少ない生き物を仮定した。そんな生物が存在するとすれば、どんな進化を遂げているのかと」

 生き物の構造を兵器に組み込むのに、基となる生き物からしてシミュレートする。イカれた試みである。だがこれは、教授の単なる趣味ではなく、

「そもそも直接的に存在する生き物をモデルにするとその生き物の生態から弱点を解析される恐れもあるからな、回り道をする必要があった」

 ということらしい。

「回り道……」

「白く見える体毛はホッキョクグマ、体格はオランウータンといったところか。前者は流氷の上に身を隠し狩りをする生態、後者は移動に組み込んだ。もちろんその一点づつではなくいくつかの方式を合わせた上でのエッセンスだがね」

 ホッキョクグマの体毛は白く見えるが、あれは実は透明であり、光を通すことで白く見えているだけに過ぎない。そしてその体毛は狩りの際に身を隠す保護色として機能している。要するに、馬鹿正直にホッキョクグマをモデルにしたと言ってしまえば透明な毛に似たなにか、例えば結晶体や炭素由来の繊維などをステルスに利用していると予測され、対策が取られやすくなってしまう。だからこそまずは存在する生物の構造をモデルに存在しない架空の生物を仮定し、更にそれをモデルに兵器へと組み込むという回り道が必要になってくる、というのが教授の理論。

 しかし助手には、趣味に予算を降ろさせるための詭弁としか思えなかった。

「その要領で理想の美女でも作ってくれれば世界は平和になるんだけどなあ……」

「あまり夢を抱くなよ、イングラドならまだしもデンマークまで行ってしまえば小さな隣人など老人の姿ばかりだよ」

 ものつくりに携わるならそちらのイメージがより一層深いものだ。

「そもそも、君が愛するのは画面の中にあるのだろう? さすがに無理があるとは思うがね」

「冗談にマジレスしないでくださいよ」

「おっと、私のほうこそ今のはほんの冗談だったのだがね、そう悲観しなくとも世界は希望に満ちているよ」

 助手は教授との付き合いが長いもののいまいちこの人物についてよく分かっていない。ただ一つ分かるのは、この男は試しもせずに不可能だと決めつけることはあり得ない、それだけだ。

「と、その前に」

 教授は手慣れたようにタブレット端末を操作する。

「こちらの案件を終わらせてしまおう、強襲用の精密誘導爆撃ミサイル。仮想目標は湾岸航空基地か、丁度いい、スカイフィッシュでも試してみよう」


 あるいは、この研究室こそが世界で最も平和な場所なのかもしれない。

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