第2話 人とロボットの戦争の話

──お前たちの商売はなんだ。


 そんな風に聞かれたら俺はこう答える。

「そりゃ人形を壊すことだ」

 ってな。


 百年以上前に限界を迎えていたと言われていたAIの開発。古い映画じゃ機械が人間を支配するなんて展開がある種のテンプレートだったようだが、蓋を開けてみればそんなことはなく、暴走らしい暴走といえばせいぜい奴らが自分たちの権利を主張し始めたことくらい。でも、それが一部のお偉いさんの癇に障ったらしい。直ぐに人に似たIAの開発は中断された。


 なら自分たちでより人間に近づけばいいと、奴らは自力でいよいよ谷を跨いだ。偉大な予言者はこう言ったらしいな。シンギュラリティだっけ。するとそれに焦った人類側から機械相手に戦争を仕掛けたって流れさ。

 俺は人間軍の兵士、だから仕事は壊すこと。今の軍じゃあ「ぶっ殺す」ってワードはタブーだ。何も道徳的によろしくないからってわけじゃない。敵は生命じゃないから表現が適切でないってのが理由だと。コンピューター相手に勝った負けたと一喜一憂。馬鹿みたいだけどそれが現状さ。


 うだるような熱気だ。空気が揺れて、空を泳ぐ鳥は波にでも乗ってるように見えてくる。てか、そうとでも思わないとやっていけない。ここは冷たい海の中だって風にな。この異様な暑さも機械の吐き出す熱のせいらしいが、現場の兵士は知っている。

 奴らの体温は俺らとそう変わらない。だったら何だ、百数十年続く温暖化の原因は大流行したスペイン風邪か? 平和ボケしたお茶の間相手にくそくだらない言説で敵意をあおる暇があるなら炭酸ジュースの一本でも支給してくれと希望したい。

 遠くから銃声が聞こえる。ゆっくり考え事をしている場合じゃなかった。頭のネジが緩む、って表現は人間様にとっちゃ適切じゃないかもしれないがまさにそんな感じ。ことあるごとに教官にどやされてた訓練時代の方が実戦よりもよっぽど張りつめていた。

 影が動いた。奴らのうちの一体だ。機械なんだから腕をバズーカにでも改造してりゃいいものを、わざわざライフルを自前でこしらえて、それを担いでいやがる。センサーも何もかも、外部任せだ。自らを人間に似せるって目標は継続中らしい。

ここからだと簡単に狙える位置だ。慎重に狙いを定め──、

 銃声と共に人形が倒れる。

 正直、俺はほっとしていた。狙い通りだったからじゃない、引き金を引いたのが俺じゃなかったからだ。人形とはいえ、あれは的じゃない。訓練に比べると引き金も重くなるってのがまともな心境だ。

「やったぜ、ざまぁみろ!」

 アホみたいな叫び声を伴って、間抜けが一人顔を出す。自分の手柄がよほど嬉しいらしいが、自分で弾丸を打ち込んだ場所に身体を晒すのは本物の間抜けだ。ただ、そいつの脳天がぶち抜かれる気配もなく、俺もゆっくりと近づいていく。すると臭いがした、これは間違いなく血の臭いだった。

「おい、そいつ赤い血を流してるぞ」

 間抜けにそう話しかける。

「ああ、よくここまで似せてきたよな俺たちに。機械のくせによ」

 間抜けはそう吐き捨てながら倒れた人形を踏みつける。

「うぅ……」

 すると突っ伏したままのそれがうめき声を上げた。

「……まだ動いてる」

「中身がどんなもんか見てやるか」

 こんな状況で間抜けは楽しそうだ、俺は全然楽しくないが。

「殺して、くれ……」

 人形の口から音が漏れる。

「こいつバラしてさ、中身でも詰めて持って行きゃ多少は稼げるんじゃねえの?」

 相変わらず楽しそうな間抜けをよそに、俺は引き金を引く。

 今度は軽かった。

 それは人形を人形と思えなかったからか、それとも人形にこれ以上人間らしい仕草を見せられるのが恐ろしかったからか。ただ、少なくとも目の前の間抜けよりはよっぽど壊れた人形のほうが人間らしく見えたのは確かだ。

「時間もねえし、くだらねえこと考えてないでとっとと行くぞ」

 間抜けは不満そうな表情を見せるが、これ以上は構っていられない。俺はその場を立ち去った。


 この戦闘が終わった後、あの間抜けが姿を見せることはなく、それでまた俺はほっとする。もうこの時代は利益だとか平和とかましてや愛だとか尊厳だとかそんなもんじゃなく、人間とは何かを考える段階に来てる。誰もがそれから目を逸らして人形と戦争のごっこ遊びを演じてやがる。かく言う俺もその一人、戦場ではよくガキの頃の幻想を見る。

 それは多分、走馬燈だ。

 人が人を捨てる時、最後に人生を振り返っているんだ。俺はいつまで人間でいられるだろうか、果たしてあの人形たちは、いつまで人形でいてくれるのだろうか。

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