二分で読める色々な話

うらがの

第1話 探し物をする男の話

 ある冬の、冷たい雪に閉ざされた集落へと、一人の男がやってきた。

 男は、凍える空気を鼻から吸い込む。あまりに冷え込んだ大気には、匂いを感じることすら叶わない。

「もしもし、訊ねたいことがあるのですが」

 その男の格好は、この寒さの中ではあまりにも心許ない薄着である。

「あんた何者だい?」

 老人が、男の声に足を止めた。

「失礼、少々訊ねたいことが」

「いったい何だい」

「私は捜死人さがしびとです。この辺りに、迷遺人まよいびとが現れたと」

「ああ、今年は大勢死んだからねえ。死んじまったもんは燃料だ、土も凍っちまってるからろくに墓も掘れねえ。燃やすしかねえのさ」

「死体が消えても気づかない、ということですか」

「そうさねえ。手ぐれえは合わせるし灰も集めるが、きっちり全員分あるかは分らんね」

 捜死人と名乗った男は少し考える素振りを見せる。

「ああ、そうだ」

 老人が、何かを思い出したかのように声を上げた。

「贄んなった娘はどうなったかね、あれがきっちり神様んとこに向かわねえから怒ってらしてるんじゃあねえかな」

「分かりました、調べてみます」

「あっちに向かえばそのまんま山ですけ」

 それだけ言うと老人は、家の中へと帰っていく。


 老人の指した方向へ歩くと、すぐに木々に囲まれた山の中へと踏み入れる。

 間もなく日が暮れる時間だ。

 今は冬、そう易々と大きな獣に出会うことは考えにくい。しかし冬眠から覚めているとすれば、それは飢餓を意味しており大変危険だ。人身御供の文化から、人の味を覚える熊などの可能性は低そうではあるものの、用心に越したことはない。

 男は透明な息を吐く。

 彼の捜す捜死人とは、正しく死を迎えることができず、さ迷う者のことだ。それは病だとか、呪いだとか、モノノ怪の仕業だとかと言われてはいるがはっきりとした要因は掴めていない。

 それは人と同じように振る舞い、しかし徐々に人ではなくなっていく。その前に迷遺人へと死を導くのが、男の役割であった。

 積もった雪を注意深く観察するが、何かが通った痕は見つからない。今日は晴れていたため、すぐに埋もれてしまうこともないはずだ。となると、あの老人から聞いた読みが外れていたということだろうか。


 山頂へと出てみると、小さな穴倉を発見する。簡素な屋根が設けられたその中央には、棺が安置されている。蓋はしっかりと覆われており、中身が外へと零れ出した様子もない。そっと近づき、蓋をずらしてみるとやはり、そこは何の変哲もなく息を引き取った少女が横たわっていた。


 日が昇る頃になり、集落へ戻ってみるとそこには昨日の老人の姿があった。老人は斧を持ち、巻き割へと勤しんでいる。

「探し物は見つかったんかい?」

「ええ、ちょうど」

 すると突然、老人は斧を男めがけて振り下ろした。その刃は首筋を捉え、到底人間とは思えない力で押し込まれて行く。

 しかし男は倒れることも、よろけることすらない。

「迷遺人は、貴方でしたか」

 言うと男は、老人の手から素早く斧を奪い、その膝を打つ。すると老人は、苦しそうにその場へと倒れこんだ。一方の男の傷は、何事もなかったかのように塞がれている。

「この斧、刃に毒が塗ってありますね。貴方自身には通用するようですが、私には効きません。私は、捜死人ですから」

 死した人間は、稀に迷遺人になる。迷遺人は徐々に自我を失い、最期には獣と同じになってしまう。ところが更にごく稀に、長い間自我を保ち続け、捜死人へと変化を遂げることがあった。生と死の間で迷う者とは異なり、捜死人は完全に死を失うのだ。

「くそ、俺も……」

 立ち上がることもままならず、老人は呟く。

「貴方、人を食べたでしょう。迷遺人は獣となって人を襲う。人を食べた迷遺人は、決して捜死人にはなれません」

 そう、薄れゆく自我の中で、人を食わなかった者だけが捜死人へと変化を遂げるのだ。

「今の私は死ねません。ですがこれから人を食えば、いずれ死ねる体へと戻る。私は人を食うことを好みませんから、人を食った迷遺人を食うようにしているのですよ」

 それを聞いた老人は一息に立ち上がると、逃走を始めた。捜死人ほどではないが、迷遺人もまた、真っ当に死ぬ体ではない。男は、その背中を目掛け斧を勢い良く放り投げた。老人は悲鳴を上げて再び倒れる。手足を動かしもがくが、すぐに何かを諦めたようにして動きを止めた。


 男は最後に、冷たい雪に閉ざされた空っぽの集落へと小さく手を合わせた。そして背を向け、歩き始める。まだ、死ねる体には程遠い。

 こうして、男の死を探す旅は続いて行く。

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