第6話 サイショノ2

 しばらく後をつけて、様子を観察する。電車に乗って大体30分。ここまでの崎田の行動に変化も、以上も見られなかった。それもそうか、本人からしてみれば何の変哲もないただの一日なのだから。けど、それが許せない。

 あそこまでひどいことをしておいて、何事もなかったように崎田は生きている。この世界は、社会は回っている。崎田は許されている。

 まったく駅名も知らないような駅に着く。今にも発狂しそうなこの怒りをぐっとこらえて、崎田に続いて電車を降りた。そのまま10メートルほど後を尾行する。備考に夢中になっていて気づかなかったが、もうすっかりあたりは暗くなっていて、空は紺色のインクをこぼしたような色に染まっている。考えてみるともう秋も終わりに近づいてきていて、薄い上着は必須なくらいの気温である。熱いかとは思ったが、上着を持ってきていて正解だったようだ。

 まったく変わり映えのしない住宅街を10分歩いて、角を曲がると小さな公園に行きつく。なんの迷いもなく崎田はその公園に入っていく。

 僕も見失わないように少し速足で公園に入った。

 刹那。異変に気づく。奴が、崎田が居ない...?

 右を向く。いない。

 左を向く。いない。

 急いで公園の中を進む。見えてはいたが行き止まり。崎田はいない。

 唖然としている僕をあざ笑うかのように風が吹いている。それにまぎれた異変。

 視線。足音。

 自分の心臓の音が大きくなって、いやでも耳に入ってくる。呼吸が早くなる。やられた。

 僕はゆっくりと振り向いて、奴をにらみつける。

「崎田...」

「私に何か用でしたか?」

 怪しいくらいに丁寧な言葉づかいで尾行ののターゲットは僕に話しかける。

「...」

 一歩後ずさってポケットに手を入れる。利き手でない左手に汗がにじむ。

「答えないんですか。まぁあんなに下手な尾行です、大した理由じゃないんでしょうが。」

 崎田は、余裕だといわんばかりに、出たばかりの月の光を反射する眼鏡を直しながらそう告げる。

 明らかに挑発だ。けど、それよりむかつくことがある。

 大した理由じゃないだって?

 僕の中で何かが切れる。宝いっぱいに、左足を踏み込む。ポケットで握っていたナイフの刃を出して構える。

 僕のできる最大の攻撃。不意打ちの致命傷狙い。揺れる視界の中、崎田の顔が慌てるのが見える。


「失せろ。」


 ナイフは確実に目標の心臓を貫き、前からの衝撃がやってくる...はずだった。

 前に向かう力ガなくなったのは本当だ。ただ、前にぶつかったことで止まるのではなく。後ろから引っ張られたことで止まったのだ。手からナイフが落ちる。崎田は生きていて、顔はさっきよりも来い困惑に染まっている。

 動こうとした僕を、後ろからする声が止める。男の声、僕の声に若干似ている?

「トキザミユウト。殺したら、何も聞き出せないぞ」

 ハッとなると同時に、パシュッと乾いた音がする。

「……!!??」

 崎田が声にならない声を発して足を抑え、うずくまる。何が起きたのか...

「俺もゆうとって名前なんだ。」

 背後の人物が声を発する。やっぱり僕に声が似ている。それに、なぜ僕の名前を知っている?

 困惑に困惑を塗り重ねていると、崎田が言葉を発する。

「この日本で銃が持てるとは…」

 銃...そうか。崎田はだからうずくまっているのか。

 そういえばさっきから焦げ臭い。それに鉄っぽいにおいがする。なんだか、心がざわつくにおいだ。

「なあユウト、何か聞きたいんじゃなかったのか?たとえば...美奈さんのこと。」

 ドクン。そう心臓が跳ねる。そうだった。僕は美奈さんのことについてこいつに聞かなきゃいけないんだった。

 なんで”ゆうと”と名乗ったこの男が美奈さんを知っているのか。なんでこいつはここにいるのか。そんな問題は今現在、些細な問題でしかない。

 僕は崎田の前に立ち、衝動的に頭を踏みつける。怒りで頭が壊れそうだ。

「ねぇ崎田さん...あなたは美奈さんの、梅原美奈の死についてのこと。どう思った?」

 崎田が笑い始める。何が面白いのだろうか。何が笑えるのだろうか。

 ゆうとが僕になにかを渡してくる。視線をやると、それは拳銃だった。銀色で、物々しい雰囲気をかもしし出している。そして、銃口に取りつけられた黒い筒。スパイ映画に出てくるサプレッサーという奴だろう。だからさっき音がしなかったのか。

 心は怒りに溢れているのに、不思議と頭はさえている。今なら何でもできそうだ。

 銃を手に取る。手に吸い付くような、ひんやりとした感覚。どこか懐かしい気さえしてくる。これは、私が長年待ち望んでいた感覚。そんな気さえ起きる。

 いろいろな角度から見てみるが、それが指先一つで人を殺せる武器には見えない。だが、実際は人を殺せるものなのだろう。

 いつの間にか崎田は笑いをやめていて、僕をにらみつけている。

「なにか言ったらどうですか?」

 私は小さくつぶやく。

「あのちびが死んだ時だって?清々したよ。当り前だろう?だって目障りなゴミが消えたん...」

 さっきと同じ、パシュッと乾いた音が聞こえる。そのきれいな音が、うるさかった虫の鳴き声をかき消した。

 美奈さん。私はどこに向かうのでしょうか...あれ、一人称が崎田から移ったな。まぁいいか。

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