第4話 ハジマリ3
彼は梅原財閥の有力者の一人、崎田雄太郎の息子で梅原財閥所有の私立高校経営者。父雄太郎だけでなく、雄介本人も梅原財閥内では発言力を持っていた。どこかの王国に例えるならば、皇太子みたいなもんといえるだろう。
動機と手段。ある程度の証拠も、どこに住んでいるかも突き止めた。
ではどうするか。ここまで一介の高校生が調べ上げたのだ、決まっているだろう?
本人に直接会って聞いてみるしかない。だって仮にも彼は高校の教師という立場の人間である。
なのになぜこんなことをしたのか。本当に私利私欲のためだけにこんなことをしたのか。そんなにどうしようもない人間なのか。仮にも教師だぞ?こんなことをするようなやつなのか。僕の想像通り、そうであってくれないだろうか。
そうしないと覚悟が決まらない。僕はとても弱い人間で、とても臆病だ。だから少しでも後ろめたい気持ちがあると、大胆に行動することなんてできない。黒に染まれない。
ここまで調べ上げた一か月間を振り返りながら、座っていた椅子から立ち上がる。
頭の中に渦が巻く。
いくら恩人のためにやったこととはいえ、家族には多大な迷惑をかけたと思っている。母には心配をかけたと思う、父の顔に泥を塗るような真似をしたとも思っている。けど、止まるわけにはいかない。やっとここまで突き止めたのだ。やつを、崎田雄介を許すわけにはいかない。だんだんと黒に近づいているのかな。
クローゼットにしまってあったかばんを取り出して、いくつかの証拠資料を入れていく。買ったばかりの黒い上着も取り出して、念のための折り畳みナイフをポケットに入れた。
これらを使うのは明日になるだろう。この頃時間感覚が機能しなくなってきているが、もう夜だということは分かる。さすがにこんな夜から出かけていくほどの行動力はない。
久しぶりにカーテンを開ける。すると、そこにあるのは満月だった。たまにしか見えないこの輝きに見とれて、ベッドに腰掛けながら視線を窓にロックする。とてもまぶしい。まぶしいのに目が離せない。まるで美奈さんみたいに。
「美奈さん。どうしてこんなことになったのかな」
さみしい部屋に僕の独り言が静かに響いて消えていく。世界に見放されているような静けさを感じる。
嗚呼、それにしても今夜の月は綺麗だ。この光は、僕を祝福してくれているのだろうか。勝手か?だが、そう思えてしまう。
それと同時に、ある夜を思い出した。美奈さんの茶色がかった髪が、きらきらと月の光に輝いている。たった二か月前ほどのことなのに懐かしく感じる。それは美奈さんがいなくなってしまったから、頭が美奈さんを忘れないようにしているのだろうか。
そう、美奈さんはもういないのだ。なのにどうしてか全く実感がわかない。
どこか自分に踏ん切りをつけたくて、名残惜しくもカーテンを閉める。部屋を照らしてくれていた月明かりがそっとさえぎられていく。
完全にカーテンが閉まる。それでもカーテンの隙間から少しの光は僕の目に届いている。
僕はベッドに横になって一言つぶやいた。
「おやすみなさい。美奈さん」
この声も、この光のように届いてくれるだろうか。
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