第43話 暗殺者の闇

 突風が吹いたとき、俺は見てしまった。


 《7893》という刺青を。

 刺青の位置、筆記体。間違いない、アレはラスト・ストーカーだ。


 Last Stalkerは世界的な武力執行機関である。ただ、彼らが大してニュースなどで取り上げられず、警察にも捕まらないのは、その活動内容が深く関係している。


 彼らは自分たちの私利私欲で武力を使わない。他者からの依頼、さらにはある内容にのみ、力を使う。


 その内容とは、


 LSは、そのことからある分野の人間には、こう呼ばれることもある。


 《復讐代行機関》と。


 

   ⭐︎


「ダーリン。アレは。」

「ミアもわかったかい。やっぱりそうか。でもどうしてだろう。どうして今頃」


「どうしたのよ二人とも。」


 神崎さんは訝しげにこちらを見る。彼女に話すわけには。いや、でも今回のことは、彼女も被害者だ。説明するべきだろう。


「よし、できるだけ端のテーブルを貸してもらおうか。」



  ⭐︎


「あ、暗殺!?事故じゃなくて?」


 声が大きい。ただ、まあそうなるか。現実的じゃないというか、この国じゃまずあり得ないことだ。ちゃんと義務教育を受けていたら、10代で暗殺の技術を身につけるなんてことにはならない。


「LSか。私も聞いたことはあるが。実際に見たのは初めてだ。あんな少女がやっているなんて」


 大人の彼からしたら、なんだか許せないことらしい。眉間に皺が寄っていた。


「LSはスラムの子供を保護して、食事を与える代わりに、少年兵として起用する場合があります。子供は警戒されにくいですし、反射神経や視力なども大人より良いので、数年訓練を積めば銃撃戦は大人より圧倒的に強くなります」


 ミアが下を向いて呟く。やはり、思い出してしまったのだろうか。

 僕たちがまだ海外で仕事を請け負っていたとき、LSとの協力作戦を行ったことがある。その作戦でミアは一人の少女と仲良くなった。しかし、その子は作戦中に亡くなってしまった。


「一番は、子供が、自分の死をリスクとして捉えないことです。自爆、相打ち。たとえ足止めであっても、迷わず自分の命を賭して命令を遂行しようとします。ええ、もう、それは、清々しいくらい」


 そう、彼女は、作戦中に亡くなってしまった。無線で会話中に起きたあの事件は、ミアにとって、トラウマになるには十分のことだった。


「あとは――」

「もういい。わかったから」


 神崎さんはミアの肩に手を置いた。ミアはもう俯きながら話していて、これ以上続けると泣き出しそうだった。


「あ、あら、失礼」

「つまり、このままだと、旅人くんと、あの女の子も危ないってことだね。」


 根黒さんは何かを決心したかのように言った。


「LSはその名の通り、目的達成のために最後までしぶとく付きまとう集団だ。だから襲撃は今回だけで終わるとは考えられない。問題はいつなのか、だけど――」


 学校にいるときはまずい。他の人を巻き込むわけにはいかないからだ。家?それもダメだ。放火されたらまずいし、美鈴を危険に晒すことになる。


「私、あの人を助けてあげたい。死なせたくないの。お願いダーリン、あの子は死なせないでほしい!」

「もちろんだよ。でもそのためには、どうにか、彼女が説得をしなきゃならない。それに、彼女が無防備な状況を作らないと、何をしてくるかわからないからね」


 すると、根黒さんはスマホを出してきて、地図を表示した。


「政府のシェルターを貸そう。爆破耐性も火事対策も充実しているし、常に空気を洗浄する新しい機械を導入したから、毒ガスなんかも心配いらない。ここなら、君の考える作戦も実行できるんじゃないかな?」


 驚いた。政府がこんなものを隠し持っているとは。ただ、ありがたいことだ。ここなら、安全に対話ができるかもしれない。


「ありがとうございます。根黒さん。早速、行きましょうか」


 二人には申し訳ないが、連れていくわけにはいかない。手早く準備を済ませて、移動を始めることにした。


「ちゃんと無事で戻ってくるのよ」

「ダーリン、お願い、あの子を救ってあげて」


 二人の思いを胸に僕らは出発した。




  ☆


「随分と広いところですね。ここ」

「もとは要人用の施設だからね。キッチンや寝室はもちろん、プールや会議室なんかもあるよ」


 なんとまあ、贅沢なところだろうか。これでは、シェルターというよりリゾートに近い。シェルターらしいところと云えば、地下にあることぐらいだろう。

 

「役に立つかは微妙なところですね。とりあえず、管理室に連れて行ってくれますか」


 この施設のセキュリティ精度と、安全性を確認する必要がある。仮にも政府の作ったものだから、ある程度の完成度は保証されているだろうが、万が一にも脆弱な箇所があった場合、LSには簡単に看破されてしまう可能性が高い。


「護衛の人は、何人配置しようか。それに、自衛用の銃も。」

「一般人に何持たせようとしてるんですか。素人が銃持ったところで、リスクにしかなりませんよ。それから、護衛もいりません。警戒心を持たれてはいけませんから」


 対話は対等でお互いに落ち着いた状態でなければ、成り立たない。しかも、LSの暗殺者の組織に対する忠誠心は、もはや信仰に近い。一度の説得では彼女の信用を得られない可能性が高いから、大事なのは、対応を変えないことだ。一度でも脅すようなことがあってはならないのだ。


「しかし、それでは君の身に何かあったときに、何もしてあげられない。」

「これは、リスクなしにできる作戦ではないんです。まずこちらからリスクを冒す。それから始めないと、期待値は0のままなんですよ」


 それでも、彼はまだ納得していないようだった。まあ、仕方ないか。こちらは軟弱なハッカー。相手はプロの殺し屋だ。どう考えても一対一で勝てる可能性は低い。


「心配しなくても、こちらには作戦があります。シンプルな現実の戦闘ではなく、頭脳戦に持ち込むんですよ。こいつの上でなら、僕が負けることはまずあり得ませんから。」


 手元にあるノートパソコンを軽く叩いて、僕は豪語して見せた。





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