第40話 日が沈まない土曜日

「つまんねえなあ」

 ただただつまらない。あの小賢しい男も、それに踊らされた自分も。

 歯軋りが止まらないが、その音は足元から聞こえるエンジン音に搔き消される。

「あの、なんだっけか、も街中で荒らしてくれたら俺が取り締まるのにな」

 バイクの運転手は、笑みを浮かべながら町中を駆け巡る。日常の裏にある、非日常を追い求めて彷徨っていた。



――――


『この人は、どこかおかしい』

 自分の少し前を歩く彩萌あやめの横顔を見ながら、旅人たびとは思う。

 前に感じた自分への好意は、もう過去のものへとなっていた。


「あ、あそこに新しいカフェができたんだけど、寄らない?」

 それでも、少し明るく振る舞っている彼女は、『恋愛』と云う雰囲気からは遠く離れているように見える。

――冷めたのか。

 しかし、まだ一週間だぞ?惚れやすく飽きやすいと云えば一種の性格のようにも聞こえるが、それにも限度というものがある。



「ねえ、聞いてる?」

 これではまるで友人と会話しているようだと、独りでに彼は思った。

「あ、うん。いこう」

 すると少女が少年の手を取り、その店へと二人は駆け出していく。


 少女は思う、『彼は何を気にしているのか』。

 もともと彼が自分に好意を持っていないことは知っていたし、無論そうだ。

 だと云うのに、彼は時々立ち止まって考え事をしているようだった。

 少女がしきりに話しかけても、返事は質素なものばかりで感情を感じられない。

――これではまるで別れ際のカップルではないか。

 彼女は焦った。カタブツだとは思っていたけれど、まさかこれほどとは。

「ねえ、旅人くんはブラックいけるの?私は砂糖がないとダメなんだー」

 それでも彼は淡々と横に首を振るだけ。困ったと冷や汗を垂らした間際、視野の端に黒いトラックが見えた。


 その状況を撮影していたは思う。

――あれ?これ危なくないか?

 猛スピードで一般道路を走るトラックは、確実に二人の方に向かっていた。

 自分の仕事はを盗撮することだが、に当たる以上、彼らに何かあっては困る。この裏稼業には当り前ながら連帯保証人の制度は存在しないのだ。

 今までこの仕事をしてきた中では、完全に初めての事例であり、いきなりの状況に直面したストーカーは、焦りながらも携帯を取り出す。


その状況を見ていた少女は、即座にその状況を把握し、携帯を取り出して何やら打ち込む。


 そして数秒後、そのメールは彼らに届き、特に少年の着信音が公道に鳴り響く。

 何事かと少年はそのメールボックスを開くと、その内容は非常に端的かつ的確だったのだが…。

「「逃げて」ください」

 何のことかわからず、二人は途方に暮れる。

 メールの送り主たちはそれを見てさらに焦る。

 自分たちは何もできないのだ。もうメールでは間に合わないと絶望しかけた時とき、現場で一台動き出したバイクがいた。


 その少年は、すぐさまそのトラックの異変に気づく。


「おいおい、昼間っから飛ばしすぎじゃねえか?補導しなきゃなア?」


 少年はさながら海外ドラマのようなことをした。彼はバイクを飛ばしてトラックの前まで進み、煽り運転のように減速する。


「おーい、中のやつ、人殺そうとするなら容赦しねえぞー」


 もちろん運転手が話す筈もなく、トラックはさらに加速する。


「俺ごと吹っ飛ばす気かよ。コリャア完全にイかれちまってるな」


 何の基準かはわからないが、少年は判断を下した。彼はそれ以上は喋らず、その代わりにもっと運転を荒くした。


「なんだろう、あれ。ものすごくヤバい気がする」

「ヤバいってもんじゃないでしょ。一旦どこか安全なところに行こう」


 二人が何かを話して、コーヒー店へと走り出した時、バイクの少年はニヤリと笑った。


「こんなイかれたトラックに追いかけられるあの子は、何やらかしたんだ?・・・ま、関係ねえか。あとで聞けゃアイイ」


 それからの行動は普通に考えると異常で、苛烈なものだった。彼はバイクから飛び退き、歩道に着地した。バイクはトラックにぶつかり、その方向を狂わせ、一瞬の減速をもたらした。

 ただ、一般道路で時速100キロ近くを出しているトラックにとっては、それで十分だった。車体はバランスを崩して明後日の方向を向き、コーヒー店のすぐそばの駐車場に突っ込み、静止した。


 コーヒー店に今にも入ろうとしていた二人は、唖然とした。トラックがなぜ白昼堂々と飛ばしていたのか。それを止めたあの少年は誰なのか。

 知りたいことはいくつもあったが。驚いたのはその少年が自分達に話しかけてきたことだ。


「お前ら、大丈夫か」

「うん。大丈夫だけど」

「あなたこそ大丈夫じゃないでしょ。あのバイク、間違いなくもう使えないわよ」


 少年は見たところ自分と年はあまり変わらなさそうだった。しかしその筋肉質な体つきは、目を見張るほどだった。


「率直に聞くが、狙われていることに気づいてたか?」

「僕だちが?」


 驚いた。運転の荒々しさから、ただの飲酒運転か何かだとと考察したのだが。


「身に覚えなし、か。まあイイか。そんなことは本人に聞きゃアイイ」

「ね、ねえ、助けてくれてありがとう。君の名前は?」


 僕はその時少年から放たれた名前に聞き覚えがあった。


「俺か?俺は——」

『ああ、その要注意人物の名は——』


「『日ヶ峰ひがみね竜矢たつや』だ」





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