表と裏とそのまた裏

第39話 リア充

「ねえ、彩萌あやめ。あのうわさは、聞いた?」

「噂?」

 この学校は何かと噂であふれていた。特にこの時期は、男女の話で持ち切りだ。例外もあるが。


「誰と誰?」

「いや、そうじゃないよ。あの、の話よ」

 その例外だ。今この学校で色恋事よりも噂が多い少年。少し胸が高まった。

「たび…いや佐々木くんがどうかしたの?」

「…そういえば、あんたも関わりあったんだっけ」

 焦った。何か変なこと言ってないだろうか、校内での彼の評価は不安定だ。安易に『彼のことが好き』などと漏らしては、彼本人どころか友達も失ってしまう。


「まあ、少しね」

「ならよく聞きなさい。彼、ちょっとおかしいのよ」

 その女生徒は、人差し指を建てる。

「ほら、いま情報改竄じょうほうかいざんの事件とか、よくニュースで出てるでしょ?」

 彼女が話し出した内容は、想定から大きく外れていた。そのため彩萌は首を傾げる。確かに今朝も母が、「物騒な世の中ねえ」とぼやいてはいたが。

愉快犯ユカイハン、なんてほざいてるヤツもいるけど、あれは完全に犯罪よ」

「なになに、優花ゆうかも彩萌も何の話してるのよ?」

 途中で、また一人、会話に介入する。


「彼、最近早退多くなったでしょ。時期が一致するらしいのよ――」

「優花も変わったこと信じるねー!でも確かに怖いねー!てかそれドコ情報ー!?」

「なんかね、彼のストーカー?みたいな?調べてる子がいるらしくて」

「その子もその子だねー!彩萌も気を付けなよー!」

 その生徒も、最後の方には興味が消えているらしかった。ひらひらと手を振って、すぐに自分の教室へと帰っていく。


――根も葉もない話だ。

 どうせすぐに消えるだろう。実際、出てもすぐに消える噂は多い。

 彩萌は彼の席を見た、今日もそれはさもそれが当り前とでもいう風に、空席だった。

 彩萌はもう一度考えた。この手の噂はすぐに消えるが、下手をすると本人の学校生活に支障をきたす。


――彼がいつでも学校に来れるようにしなければ。

もはや自分が部外者であるという意識は彩萌にはない。


「情報元を潰そうかしら」

 別に暴力を使うわけではないのだが、彩萌が忠告すれば、ある程度の人間は理解する。それは立ち入ってはいけない領域なのだと。


 そして、彩萌はトイレに言った。鏡を見るためだ。

「ああ、ダメじゃない。こんな顔じゃ」

 明日はデートだと云うのに、こんな顔では彼に怖がられてしまう。

そう考えながらも、彩萌の頭に疑問が浮かぶ。


『本当にこれで変われるのかな』

 彼氏と云うを手に入れ、恋と云うに触れれば、この性格と価値観は変わる。それを教えられた、ある文章、いやから。

 彩萌はそれを今まで信じて止まなかった。そう信じたかった。そう信じるしかなかった。



     ★☆★☆★


「今日の仕事はこれで終わり?四宮しのみやさん」

 真昼間まっぴるまだと云うのに明るさを微塵みじんも感じられないその部屋には、タイピング音と咀嚼音そしゃくおんだけが響いている。


「ああ、そうだね。お疲れ様。いつも悪いね、本当に」

 ヘッドホンに響く通話相手の声は少し上ずっている。おそらくは少年の手際の良さにいまだ慣れていないのだろう。

「ところで、何のガムかな?昼間からお菓子はあまり感心しないな。歯は一生ものだから大事にしないと」

「キシリトール」

「ああ…うん。それなら問題ないけどね」

 データの摘出も94%に達したところで、少年はキーボードから手を放し、椅子に大きくのけぞる。

 

「四宮さん、無理に話そうとしなくてもいいよ。僕もあんたとは話したくない」

「いや、私は別にそう云う意図は――」


 彼はまだ何か喋ろうとする相手に苛立っていた。

――通話を切ってやろうか。

 どうも、旅人はこの男が嫌いだった。どんな言葉も上っ面に聞こえる。


「僕と話したいなら対価を出せ。前も言っただろう?」

 なぜ根黒ねぐろさんじゃないんだ。旅人はため息をついた。彼なら安心して話ができるのに。  


 旅人が根黒眞人ねぐろまさとを信用する理由、それは至って単純で、を負っているからだ。

 根黒は自分と自分の家族の情報を旅人に明かしている。住所からメールアドレスから電話番号から、なにからなにまでも。しかし同時に眞人も旅人の家族の情報をある程度知っている。

 そして成立する信頼関係、はたから見れば異質だが、当人はそうは思ってはいない。


「わかっているよ。情報だろう?しかし君が欲する情報など我々には――」

――あるだろうに。糞野郎。

 眞人は許せるが、四宮は許せない理由。それはなにもヤツがこんな回りくどい話し方をするから、ではない。

 自分可愛さがすぎるからだ。通信回線はハッキング対策をしてあるし、もちろん身辺の住所などの情報も不明。生憎あいにく声認識は旅人の専門外で、だからこそ生声で話してきているのが更にいやらしかった。

 相手はこちらのことを知っていて、こちらは相手のことを知らない。

 これではまるで脅迫だ、と旅人は思った。


 長い沈黙が空き、やがて四宮は何か思いついたように口を開いた。

「そう、それなら、君のクラスメイトの情報をあげよう。君の健全な高校生活のためにね」

 旅人の頭は一度フル回転して止まった。アナグラムの可能性を考えたからだ。

「急にどうした?そんな情報じゃ釣り合わないし、第一そんなこと美鈴みれいに聞けばすぐに――」

 言いかけて旅人は気づいた。

――待てよ。どうして四宮から学校の話題が出る。まさか。


「まさかあんた学校にまで――」

「いやいや違うよ。誤解しないでくれ、私は君を案じているだけだよ」

 四宮の冷たく気持ち悪い声が、かえって旅人を冷静にさせた。


――確かに、考えすぎか?

 しかし、なら尚更なおさら何故だ?旅人の脳は考えることを止めない。

「旅人君、クラスメイトの名前はちゃんと覚えているかい?の高校生活も、もう一月ひとつき以上経ってしまっているよ?」

「それはあんたらが――」


「わかっている」

 四宮にしてはめすらしく、きっぱりと言い放った。

「私達のせいで君がまともな生活をできていないことはわかっているさ。しかしそれは何も私達が強制しているものではないよ機会はいくらでもあった。違うかい?」

「…………」

 的をついた言葉に、思わず旅人は沈黙ちんもくする。確かにこの仕事が性に合っている気はするが。


「本題に戻ろう。君は知らないかもしれないが、入学式の次の日から謹慎きんしん処分になった子がいてね、詳しくは私も知らないんだが、それが今日解除されるそうだよ。つまり来週の月曜から来るはずだ」

「その生徒がどうしたんだ。どうせ日曜も仕事が入るんだろ?別にその時でも」

 すると四宮は電話の向こうで笑った。まるでてのひらの上で転がされているようで、旅人はこの笑い方も嫌いだった。

「君は明日デートだろう?変なに絡まれないように気を付けるといい」

「はあ?だから何言って――」


「そうそうその生徒の名前は――」












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