第38話 「百歩譲って末代まで呪う」

「ねえ、ダーリン。まずあの子の紹介をしてもらえるかしら?」

 開口二言目には、僕を責め立てる。ミアはそんなSっ気のある少女だった。

「あ、いや同じ家に住んでるだけの友達だよ」

「同じ家?同棲ってこと?」

「いや、これには深いわけがあってだな」

 どんどん彼女の顔が怖くなっていく。


「で?キスはしたの?」

「してないしてない」

 少なくとも美鈴には。

「本当?」

「あ、ああ」

 かなり疑わしそうに彼女は言う。

「まあ、仮にキスしていたとしたら、百歩譲って末代まで呪う」

「まったく譲られている気がしないんだが…」

「もし、誰かともうシていたら――」

 僕の腕をつねりながら、彼女は続ける。

「今代で、終わらせてあげる。」

 殺すとまったくの同意義の言葉を簡単に使う彼女は、昔と全く変わらない。

「そんなことあるわけないだろ!」

 僕だって高校生になったばかりの子供である。その辺りのことは、弁えているつもりだ。うん、きっと。

「そう、ならよかったわ」

 そういうと、彼女は僕のことを強く抱きしめる。

 疑い終えると、すぐに甘えるのも、彼女の癖だ。少し10代の女子にしてはチョロすぎるのではないか。かなり心配になる。

「私はまだ、ぜんっぜん諦めてないから、現在進行形で継続だからね」

「…わかってるよ」

 何のことを言っているのかは、大体想像がつく。婚約のことだろう。うれしくもあるが、素直に喜べるかといえば、それはNOだ。

 なぜなら、僕の心臓が弱いからだ。確実に回復の方向に向かってはいるが、まだ何が起こるかわからない。

「ちゃんと、ちゃんと聞こえるよ」

 僕の胸に耳を当てながら、彼女は独り言のようにつぶやく。

 当たり前だろ?と突っ込みそうになるが、彼女なりに心配してくれていたのだろう。それは失礼というものだ。

 

 黙って彼女を抱きしめていると――

「――それにしても、この荷物異常に重いわね。女子に持たせる量じゃないでしょ」

 愚痴をつぶやきながらこの部屋に近づいてくる人物が一人。

「隠れろ!」

 急いで僕たちはパソコンの机の下に潜り込むと、案の定その人物はこの第2コンピュータ室に入ってきた。

「何よここ。カギは空いてるし、窓も空きっぱなしだし…この靴も、あれ?見たことあるような」

 僕の靴だと気づかれなくて本当に助かった。ミアと一緒にいるところを誰かに見られるのもまずいが、それ以上に、僕はその高くよく通る声に心当たりがあった。

「ふふ、ダーリンと一緒に隠れるなんて久しぶり。なんかドキドキするね」

「バカ!ダーリンっていう呼び方はやめてってなんども…というか喋るな」

 机の下の狭いスペースで、小声で言い争う僕らをよそに――

「まあ、とにかく終わらせて帰りましょ。明日は佐々木くんとのデートだからね」

 心当たりが確信に変わった瞬間、最悪の事態になった。神崎さんは顔を赤らめているが、僕はどんどん血の気が引いていく。


 神崎さんが部屋を出ていくと、目のハイライトが消えたミアが低い声で言う。

「浮気?今の完全に浮気だよね…ん?録音したよ?」

 およそ人間のものとは思えない威圧感を放つその少女は、弁解の余地を与えないスピードでまくしたてる。

「ちょ、ちょっと、言い訳をさせて…?」

「なによ」

「神崎さんは友達だし、デートっていっても、水族館行ったり、ショッピングモールで服買ったりするだけだから」

 さらに怒ったように彼女は反論する。

「それを世間一般的にはデートって呼ぶのよ!!」

「でも、やましいことは一つもないよ?それなら、友達同士でもするんじゃない?」

「ま、まあ、そうだけど…」

「言われてみれば」と彼女はつぶやく。

 かなり暴論だが、一応筋は通っている。はずだ。

「だから、僕にとっての…その、彼女はなんだよ」

 「ミアだけ」という言葉にアクセントをつけて、半ば押切のような形で、僕は話を終わらせる。


 まあ、でもそうだな。本当にミアとは久しぶりだし、いろいろ話したいこともある。だから――――

「とりあえずせっかくだから、僕の家に来てよ。案内するから」

 僕はそんな愚策を考えたのだった。





――――――――――――

本編、再開です!

 

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