《Foreign love》第34話 高いところはお好きですか?

―ミア到着の20時間前―



『――オブサーバー、簡易ネットワーク設立完了。回線状況も良好です。解析を始めてください。』

最新型の無線機から、乾いた音声が流れる。接続距離だけに特化した音質ガタガタのその機械は、高層ビルの光を受けて、黒光りしていた。


「いえっさー」

呑気に答える少女の手元には、使い古された一台のノートPCが開かれている。彼が就任祝いに買ってくれた特注品で、今まで任務に持って行かなかった日はない。


「まずはカメラ」

監視カメラの位置や構造の把握のためにも、映像関係は最初に調べる必要がある。

「えっと、非常出入口は4か所で――接続機器は…あったあった。」

カメラ映像を自分のパソコンと共有させて、その情報から内部構造を解析させる。

 僅か3秒後、画面にスキャンされたビルの構造図が表示される。

さすがは一流の裏組織。セキュリティもしっかりとしている、が、問題はそこではなかった。

「ルディがいたら…」

映像室に管理者が複数人いるのだ。一人であればどこか別の場所に呼び出して、その間に心臓部まで駆け抜けることができる。しかし、これでは監視カメラの今の映像をスクリーンショットし、映像室の画面に貼り付けて、監視カメラは正常のまま画面を一時停止させる必要がある。

彼がいれば、ビルの構造図を送るだけでパソコンに侵入し、データを盗むことができるのだろうが、生憎今の相方にそんな芸当はできない。


無線機を立ち上げて、報告をする。

「こちらオブサーバー、解析完了。パスワードと、ついでに建物内の構造も送る。

どうぞ。」

「了解、どう?いけそう?」

「20秒で終わらせる」


浅くため息をついて、無線機の電源を切る。地表150メートルの屋上では、さすがに強風が肌寒い。なにか私は一番近い非常出入口に向って歩いて行った。


★☆★☆★☆★


 結局のところ、大して時間はかからなかった。私の仕事は組織内のネット接続を遮断するだけ。今はもう安全な位置で通信を待っている。

それがあまりに反応がないので、ツインテールの髪をいじっていた。


「お疲れ様です!先輩、何かご用でしょうか!」

さっきとは打って変わって、思わず無線機が壊れたのかと思うほどの甲高い声が流れてくる。

「…音量、小さくしとけばよかった」

短く私が無線機に話すと、また甲高い声が返ってくる。

「なにがですか?」

「ああ、もういいよ。…終わったから、さっさと後始末して」

「んああ、なんだそのことですか。仕事は丁度1分ほど前に終わらせましたし」

あくびをしながらそいつ――マーク(どうせ偽名だろうが)は答える。

「報告は最優先にしなさいよ」

ここまで自由なホワイトハッカーもいないだろう。良くも悪くも、ここまで調子のいい相棒は、初めてだった。

「…次からは気を付けます」

いつもこいつは口だけだ。注意をまともに聞いたことがない。

私は心底嫌だったが、どうしてもこの新入りの指南役を引き受ける必要があった。それは、母に催促されたから。というのも、私があまりにも不愛想なものだから、同じ仕事をした人が、二度と続かないのだ。ハッカーなんて一人では大したことのできない仕事だから、仕事仲間くらいは安定させておけと云う、忠告だった。

「あ、そういえば――」

ちなみにこいつが仕事仲間になったのは、私が大人を拒絶したから。あの人たちは態度がでかいから、とにかくやりにくい。呆れた上司がよこしたのがこの男なのだ。

「――ということで、このあと何か食べに行きませんか?」

「は?」

全く話を聞いていなかった。

「行かないけど」

「え?なんでですかー?」

「いや、今から私、予定――」

「ないですよね?」

「…なんで知ってるのよ」

「そりゃ、調べましたから。じゃ、今から向かいに行きますね」

「ちょ、なんでよ――」


 強引に押し込まれて、その無線機は通話を終了する。

「えーっちょ、もう」

あまりの勢いに、私は呆然とする。別に何か困ることがあるわけではないが、人との外食なんて、ここ数年した記憶がない。

「ああ、もうどうでもいいや」

やけになって、護身用に着けていた防弾チョッキを脱ぎ捨てる。

自分用に軽量化されているとはいえ、それなりに重さはあるし、汗を掻けば、シャツがじとりと張りついて気持ち悪い。私はこれが嫌いだった。

「カフェ、カフェ…あった」

迎えに行くと言われた以上、どこかで時間を潰すしかない。そんなとき、いつも私はカフェを探す。

中に入ると、必ず窓際の席に座る。他人の顔を見なくて済むし、その店の景色を眺めるのが好きだからだ。


「…うん。きれい」

カフェラテを注文して、スマホとイヤホンを取り出す。聞くのはもちろん「Bloom dreams」これを彼に教えた時のことを思い出す。

彼は、私がこの曲を進めた理由を忘れてしまっただろうか。…いや、覚えているだろう。彼は頭だけじゃなく記憶力も、とてもよかったから。

知らずのうちに、顔が熱くなってくる。ホットではなくアイスにした方がよかったかな。彼のことを考えていると、どうも冷静さを失ってしまう。次はいつ会えるんだろう。それまでに新しい服買っておかなくちゃ。彼の前では可愛くありたいから。


 数分ほどぼーっとしていると、不意にカフェの戸が強引に開いた。

「探しましたよ!」

マークだ。期待していたわけではないが、がっかりした。

「なんだ、期待外れ」

「何ですか!?こんなところまで来させておいて!」

「はいはい」

この耳をつんざくような声を聴くと、いやでも熱は冷める。

「ほら、早く乗ってください」

「うるさいなあ」

店から出てもその会話は続いた。

あれ?意外と話せるじゃないか、私。いい進歩だ。


まあ、こいつに話せるようになっても全く嬉しくないんだけど。

 





―――――――――――――――――――

お久しぶりです。投稿期間が開いてしまい、すいません。

この《Foreign love》編は、お察しの通り、ミアの過去編となっています。「いきなり過去?」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、話を読んでいけばわかります。ただ、この話はそこまで長くありません。数話で本編へ戻ります。 

                        2021/05/09 柊 季楽








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