許嫁と云う名の仕事仲間
第33話 ある一本の電話
恋愛とは異性と深く関わるということ。つまりその本質はどれだけ相手に合わせるかにより、またそれは言い換えるとどれだけ相手に譲れるかという答えになる。異論は認める。ただ昨今、女性社会になりつつある今、譲る、いや譲らされるのは大抵男だ。
翌日、1年生で英語のタブレット教材を使ったテストが行われ、僕は今、その多目的教室にいる。そして、眠気を超えた現実の視界には、おそらく一箱5キロはあるだろう段ボール箱6つほど並べられていた。
「じゃあ、男子で今日部活ない子、残ってこの機材、運んでくれる?」
言った傍からこれである。男の方が筋力量が多い?それ僕に当てはまると思うか?
「りょ~か~い。」
しかし世の中に何の違和感も抱かない男たちは、当然のように首を縦に振る。おい、団体行動されたら逃げられないんだけど。
「あ、先生。ちょっと僕用事が…。」
「え、何、お仕事?」
「いや――「騙されないでください先生。旅人は一週間前から二週間の休暇をもらってます。暇なはずです。」
「そうじゃなくて、ちょっとプライベートな事情が…」
「あーね(?)」
先生は察したように男子たちと教室を出ていく。
ちょっと来いと美鈴に小突かれて、席に座らされる。そして秒速でLINEが送られてくる。
『はー?聞いてないよ?昨日も朝まで帰らなかった癖に。』
『それは言い方に語弊があるよね?今学校だよ?言葉選ぼう?』
『メールだし事実じゃん。藪蛇だった?』
『もうちょっとオブラートに包めよ。』
『じゃあ、その用事の内容言ってみたら?』
『…人と会う。』
『性別は?』
『女の人だけど。』
瞬間横の席から足蹴りが飛んでくる。
「痛った!指逝ったよ?多分これ」
『旅人が
はあ、マジで痛いんだけど。爪多分折れてるわ。マジで手加減しないと死ぬよ?お前が思うより僕は全然弱いぞ?
『年は?いや、どこで会う?』
『一応空港のはず。』
『なに?親戚?』
『心配しなくても家族ぐるみのことだから。』
『どうかしら、私だって家族ぐるみだけど?』
『それは自分が危険だと証明しているような――』
「チッ」
『いま舌打ちしたよね。怖いよ。眉間に
今度は腕をつねられた。それもかなり強く。
『女の子にそんなこと言わないで』
『はい…。』
次のメールが打ち出されようとした時、別のアカウントからメールが送られてきた。
そして、何だろうと文面を確認した瞬間、僕は血の気が引いた。
『じゃあ――』
『待った、それ以上はやめてくれ。話せない。』
『…なんでよ』
『なんでもだ。』
僕はそういって、すぐ席を立つと、急いで校舎を出た。監視カメラのあるところでは、ロクに安心してメールもできない。
(ピピピッ)
しかし今回はメールではなかった。文面で伝えるべきことではなかったからだ。それに、相手が悪かった。
『Hello,ルディ。驚いた?』
「驚いたってもんじゃねぇよ。怖いから覗きはやめてくれって前に云ったじゃないか。」
『そーりーそーりー。やっと会えるから。興奮して理性より先に手が動いちゃった』
『…ったく。監視カメラハックは衝動的にしていいもんじゃねえっつーの。』
そう、僕がネットワーク上で情報を盗む、いわゆる普通のハックを専門とするのに対して、彼女――ミアは機械のハック、例えばさっきの監視カメラやシステムが存在するAI、電子ロックなどの乗っ取りが専門の仕事仲間だった。つけられた仇名が『Observer』、得意分野の相性の良さから、イギリスにいる間、僕らは相棒だった。
『いやあ、アメリカは本当に広かったね。それに当たり前だけどすっごい暑かった。あとイギリスに比べてめっちゃ晴れてた。』
ただ、僕より汎用性が高い彼女の技術は、多方面に求められた。そして、おそらく今は彼女の方がはるかに実績を持っているだろう。僕はそれに引け目を感じていた。
「そうか、で、どうした。飛行機の時間が早まったのか?」
『早まった?そんなわけないじゃない。…サプライズって云ったじゃん?』
「はあ?何言って――」
『ばあ!』
いきなり画面がカメラ通話に切り替わり、ミアの顔が映った。そして、背景の場所はひどく見覚えがあった。
「おい、お前そこ降りられる自信はあるのか?」
『ないけど?』
「は?」
『じゃ、やっぱりわかったんだ。ルディはなんでもわかるね。』
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。どうすんだよ、それ」
『え、助けてくれるでしょ?ルディなら。』
(プチッ)
そこで、電話は切れた。
「クソっ」
さっき背景に映ったのは、恐らく学校の窓だった。しかもその窓に映っていたのは、僕がさっきまでいた高校のシンボルである
「一棟三階の第2コンピュータ室か。」
多目的教室と隣接したあの場所は、いつもカーテンがかかってあるし、窓だって大抵鍵が掛けてある。どこから校舎の外側に出たのか知らないが、ミアは高いところが好きだから、別に3階にいたことに関しては驚かなかった。
「よりにもよって外壁かよ。危ないだろ。」
ミアは僕と違って病気持ちではないし、体もいたって弱くない。むしろ身が軽く、運動神経もいい。ただ人見知りだから、人目の少ないところに行きたがる。そんなところで大怪我をすれば、誰にも見つからず死んでしまうことだってあり得るのに。
そして、彼女は甚だ疑心暗鬼だ。人をすぐ試そうとする。故に前の仕事場でも友人と呼べるのは僕ぐらいだった。
職員室で部屋の鍵を貰うとき、僕はそんな昔話を思い出していた。
階段を少ない筋力で急いで階段を駆け上り、第2コンピュータ室に着くころには、僕も息が上がっていた。窓を開けるのもひと踏ん張りだった。
「やっほー!ルディだ!イメチェンしたの?すごく似合ってる。」
待っていたようにミアは笑顔を広げる。
僕も会えて嬉しい。それぐらい言うべきだったんだろうが、そのときはもう言葉を返す気力もなかった。
「…もうこんなことすんなよ。」
「はーい。」
少し不満げな顔でミアは相槌を打つ。
「あとこの部屋土足厳禁だから。そのまま入るなよ。」
「Yes,sir!」
そう云ってミアはその場で靴を脱ごうとする。
「バカっ!そこは今塗装中――」
「あっ」
足を滑らせて、バランスを崩す。咄嗟に彼女を抱きかかえて、自分ごと室内に倒れた。
「…本当に助かった。愛してる。ダーリン。」
「マジで、勘弁してくれよ…」
信じられないかもしれないが、それが許嫁と云う名の仕事仲間との、初めてのキスだった。
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お久しぶりです。柊です。
投稿頻度が下がっていたのは、他の作品を書いていたためです。全部途中までですが…。(どこで血迷ったか、また新作、ジャンルは異世界ファンタジーを書こうかと悩んでいます…。)
ともかく、ルディと云うのは、登場人物紹介でも書いたんですが、旅人のロシア名がルドルフなので、その愛称になっております。
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