第31話 彼女はダメ
「でも、そのうち僕のことは諦めてくださいね」
私が眠るベッドのそばにあるソファから、彼は云う。
「あまり人には言っていないんですが、僕は体が弱いので、正直いつ死ぬかわからないんです」
「それは、どういう…」
「そのままの意味です。偶に血の塊みたいなのを吐くんですよ」
苦笑いしながら、彼は続ける。
「病弱な男にあまり期待しないでください。僕は大人になれないかも知れない、そう医師に言われたこともありますので」
「な、何言ってるんですか、これからじゃないですか。信じられないです、いい加減にしてください!」
「…すいません、このままだと取り返しのつかないところまで行ってしまう気がしたので。大丈夫ですよ、今すぐ死ぬと決まったわけじゃないんですから」
「ほん…とうのことなんですか?どうにもできないことなんですか?」
「はい」
半ば諦めたように、彼は頷く。
でもそんなの――
「そんなの、あんまりじゃないですか。私にあなたを諦められると思いますか。無理です」
「大丈夫ですよ。だって僕ら、今日会ったばっかりじゃないですか。一日の出会いですよ。先輩の人生はまだまだ続きますから――」
「嫌です。もうあなたに決めてしまいました。責任取ってください。私も死にます」
「そ、それだけはダメです。落ち着いてください。」
「生き地獄ですよ。私をあなたのジュリエットにさせてください」
「僕がもしロミオなら、そんなこと許可するわけないじゃないですか。」
何言ってるんだろ、私。だが、口は止まらない。
「すいません、おかしくなってました。ちょっと驚いてしまって」
「はい、僕もいきなりすいません」
少し考えよう。何か状況が一転する語彙はないか?何かこの少年の考え方を
頭なんて冷えるわけがない。冷えさせない。冷えてしまったら、冷静になってしまったら、今日のことは一時の血の迷いと認めてしまうことになるから。
「でも、私はあなたを諦めません。あなたの彼女にしてください。」
「え、彼女ですか?」
「はい。」
「…彼女になって何て言われると思わなかったなあ」
「何て言われると思ってたんですか?」
「普通友達からみたいなもんだと」
「私たちは、普通でないといけませんか?」
「いえ、そんなことは言ってないんですが――」
「なら――」
ただ、と彼は肩をすくめて続ける。
「彼女は無理ですね。申し訳ないんですが」
「え、な、なぜですか?」
「彼女と云うか、許嫁がいるので、二股はできません」
「どういうことですか?私のことが好きなんじゃないんですか?」
「はい、恋愛感情はありませんが、僕の体の弱さを知っても婚約を破棄しなかった優しい婚約者がいるんです。裏切るわけにはいきません」
優しく笑いながら彼は云う。
何かのピースが綺麗にハマった気がした。少しズレた言動や雰囲気の辻褄が合っていく。
「だ、だれなんですか?クラスメイトですか?」
「え、いや、違いますよ。多分今は、アメリカとかにいるんじゃないですか。イギリス人ですし、母の友人の子で――」
ああ、あれは彼のファーストキスではなかったんだろう。もう何も言えない。言葉が見つからない。チェックメイトを架けられた気分だ。
私の黙りこくった様子を見て、彼は近寄り、口調を和らげる。
「知っていますか?初恋って、99%の確率で実らないんですよ。僕も覚悟はしていました」
知ってますよ。
「僕は許嫁が婚約を破棄しないうちは、誰かと交際することは固く禁じられていますし、僕もそんな不誠実なことはしたくありません。」
それはそうでしょう。あなたの性格なら。
「親友のようだった幼馴染ですら、時には疑われているんです。」
え?
「だから、仕方のないことなんです。諦めてください。僕も忘れますから。」
あやすように彼は云う。でもどうしても納得できない。
―★―
「じゃあ、私はその婚約者さんが婚約を破棄するのを待ちます。その間私はアプローチし続けます。それならいいでしょう?」
無茶苦茶だ。彼女は破棄なんて絶対しないと思うけど…
「まあ、それくらいならいいですけど…」
「やったあ!」
初めて彼女の敬語が抜けた言葉を聞いた。顔を紅潮させ、これ以上ないほど可愛らしく見える。
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