第30話 死んでもいいわ

 まだ少し先輩視点が続きます。

―☆―


「そうですね。でも月は遠いから綺麗なんです。」


彼は寂しげにそう云う。


「な、なんでですか?私は彼氏もいないんですよ?」


狼狽えながら、抗議の言葉を並べる。


「ええ、でもそれはでしょう?僕はあなたのその人なんでしょうか?もっといい人が未来に見つかるような気がしてなりません。」

「な、なにを言っているんですか?ま、まさか、気になる人でもいるんですか?」

「いいえ、僕はあなたに一目惚れしました。特定の人はいません。」


悲壮感を漂わせながら、彼はしっかりと云う。


「ではなぜですか?私もあなたが好きです。他に気になる男性などいません。これほど心を開けた方も今までいませんでした。間違いなく私はあなたをその人だと思っていますよ?」

「…本当ですか?僕は若気の至りと思えてならなくて――」


彼の唇を塞ぐ。初めて自分の身長にコンプレックスを感じない瞬間だった。


「私はファーストキスですが、あなたは?」

「……はい、そうですが、でも――」

「おそらく大丈夫ですよ。私はさ、旅人くん以上の人を望みません。それに…」

「それに、なんですか?」

「たとえ私が旅人くんのその人じゃなくても、ファーストキスぐらい、くれませんか?」

「…っ!」


彼も覚悟を決めたようだった。


「当たり前じゃないですか。初恋の人にキスを奪われて、嫌な男がいると思いますか?」

「ふふ、そうですね。」

「はあ、なんだか馬鹿らしくなってきました。これじゃ、僕が葛藤しているのが滑稽じゃないですか。」

「じゃあ、回答を改めてもらわなければいけないですね。」


彼は少し?を浮かべて、気づいて赤くなる。


「はい。またこんなに恥ずかしくなるくらいなら、です」


初恋が実った瞬間である。

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