第23話 出会い②

 「そうですね、良ければご一緒にどうですか?」


 確かに彼女はそう云った。びくりと、僕の心は飛び上がった。今の一瞬で心を読まれたのかと思った。そして、ただ食事に誘われただけで頭が真っ白になった自分に驚いた。

 彼女の笑顔は太陽のように輝いてはいなかった、男心をくすぐるような妖艶な笑みだったわけでもない。強いて言えば、どこかぎこちなかったような気さえする。でも、その笑顔は僕の中にあった曖昧な感情を確実なものに変えるのには十分だった。


 僕はこの人に恋に落ちたのだと、僕はこの人に初恋を奪われたのだと、僕はこの人が好きなんだと。我ながら単純なんだなあと思う。いつもはもっと思考するのに、今はそんなことどうでもよくなってしまう。一目惚れをしてみたいとは思っていたけれど、これは……いささか計算が狂った。


 頭をフル回転していたが、気づいた時には快諾の言葉を口にしていた。




「えーっと、まずは自己紹介から始めましょうか。私は朝霧あさぎり冬花とうかと言います。2年生で、16歳です。」

「僕は佐々木旅人です。1年で、僕も早生まれなので16歳です。」

「あ、やっぱり新入生の方でしたか。2,3年なら知らないはずがないと思っていたので。」

「え、それはどういう。」

「いや、かなり変わった格好をしておられますから。」

「え、あ、やっぱりそうですよね、変ですよね。今変えます。」


 忘れていた。ポニーテールの男なんて気味が悪いに決まっている。あ、でもどうしよう、あの髪飾りは校内では禁止だし、なにより校則破りなんてこの人に見られて嫌われたくない。


「あのー、すいません、髪留めのピンなんかは持っていませんか?」


 聞くと少し目を丸くした後、ぷっと吹き出す。ああ、やっぱりこんなこと聞くのは変か。

 さすがに恥ずかしく、顔を赤くしていると――


「変わったことを聞く人ですね。ふふっ、持っていますよ。私も一応髪は長い方なのでね。」

「できれば一つ、貸して頂いたりはできませんか…?」

「いいですよ。どうぞ。」


 朝霧あさぎり先輩は、胸ポケットから黒いピン止めを一つ取って、僕に差し出す。

 当然僕もそれを受け取る。だが、問題はそこじゃない。

これも当然のことだが、物を受け渡す際には直接手が触れ合う。



「んん!?」

「ひゃう…!」


 案の定二人は跳ね上がる。お互いの指の感触を知って、思わず手を引っ込める。その際に、本来の目的だったピン止めを落としてしまう。咄嗟に手を伸ばす先輩に、少年は、


「僕が拾います!」


とまた柄にもない大きな声を出しながらピン止めに手を伸ばす。ただ、少しパニック状態に陥っている先輩の手は、止まらず―――――



今度こそしっかりと、お互いの手を握ってしまう。


その瞬間、二人はまるで「かああっ」という効果音が出てきそうなほど、顔を赤く染める。指先が振れたさっきとは違う。相手の手のひらの感触が、相手の体温が、相手の脈拍がじかに伝わり、さらに緊張する。


 そして相手の様子を知り、早くも二人は悟る。


と。


旅人たびとは自分の演算能力を以てして、冬花とうかは自らの恋愛知識と小説作家としての勘で、常人では『不確定で自信の持てない一説』としか判別できないそれを、何の根拠もなく悟る。いや、感づいたという方が近いだろうか。


「「あっ」」


また目があって、同じタイミングでそっぽを向く。かなり気まずい。

何してんだよ、見ている方が恥ずかしい。僕だってそう思う。ただ、こんなときに何を言えばいいのか、本当にわからない。


「そ、そういえば、佐々木くんは、なんでここに?」

「え、いや、ちょっと考え事を。静かな場所ないかなーって思いまして。」

「そうですか、私はもうほぼ毎日ここに着ていますけど、似た理由ですね。ここ、落ち着きますから。」

「確かに静かで落ち着きますが、毎日って、寒いとは思わないんですか?」

「いえ、私はもともと北海道住みでしたので。それに、桜が綺麗な間はずっと見ていたいと思ったんですよ。」

「そ、そうですか…」


ダメだ。話が続かない。


「と、とりあえず、弁当食べませんか?時間も限られているので。」

「あ、ああ、そうでしたね。」


そういって、僕と先輩は弁当箱を開ける。

そして、先輩は僕の弁当を覗き込んで、驚いた顔をする。


「…ちなみに、その、お弁当のおかずは、ご自分で…?」

「いや、僕が作ったのは5割ぐらいですね。」

「え、あとの5割はどこかのお店で買ったってことでしょうか?」

「え、いや、そういうこ…とじゃなくて…」


よく考えろ僕、同棲してる異性がつくったなんて言ったらどうなるかわからない。


「母が作り置きしていたものが多く入っているので。」


まあ、あながち嘘でもない。さすがに5割はないが。


「へえ、そうなんですか。…それがなくなったら、どうするんですか?」

「え、いや、それは、普通に自分で作ると思いますけど。」

「………」


え、自分で作っちゃだめなのだろうか?


「一人で全部作られたら、忙しくなったりとか、しないんですか…?」

「まあ、それはそうですけど。」

「今度、何か作ってきましょうか?」

「え、いいんですか?!」


おかずを作る手間が少しでも省けるのなら、本当にありがたい。


「いいですよ。…お家にお邪魔することは可能だったり…しますか?」

「僕の家、ですか…。」

「はい…。」


大丈夫だろうか?まあここで断るっていう選択肢は無いんだけど。


「わかりました。今度の日曜とか、いけますか?」

「はい、ありがとうございますっ!」

「え…、いや、予定とか、大丈夫なんですか?」


即答って、もしかして暇人なのだろうか?いや、失礼か。


「あ、はは、いつも日曜日は開けているんですよ。息抜き用に。」

「大丈夫なんですか、そんな大事な時間使ってしまって。」

「だ、大丈夫ですよ。その日は、自分のしたいことをするために空けていますから。」

「そういうことなら、わかりました。今週の日曜日で決まりでいいでしょうか。」

「はい。」


 スマホをとり出して、予定を入れる。

先輩は「ほっ」と安心ようで、少しずつ弁当を食べ始めた。

そこからは、僕も弁当を食べ始めたので、しばらくの間お互いに一言も喋らなかった。


 食べ終わってからも、しばらくはその中庭のベンチで座っていた。趣味がどうとか、桜についてだとか、適当に間を繋いでいた。昼休憩は40分だが、早く感じたか、遅く感じたかは正直わからない。ただ、5限目開始のギリギリまで話していたかった。「離れたくない」それを実行出来る術をさがした。


「…また、明日もここへ来れますか?}

「ええ、必ず来ますよ、佐々木くんも忘れないでくださいね。」

「はい。こんなこと、忘れるはずがありませんから。」


 別れ際、そんな約束を取り付けた。

心臓はバクバク言って、かなり疲れたが、それでも、そのエネルギー消費は無駄ではなかったと思う。完全に黒字だろう。久しぶりに、無意識にスキップをしながら教室に戻った。






―――――――――――――――――――――――


 お久しぶりです。ひいらぎ季楽きらです。

この作品は、カクヨムコンに参加しているのですが、字数の締め切りがやばいのでこれからは文字数の多い話がかなり増えます。


 ただ僕は一話が長くなるほど、下手になる傾向があるんですよね。

…頑張ります。


 また、新作も書き始めておりますので、もし興味を持っていただいた方は、試しに読んでいただけると助かります。本当に。


















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