第19話 気まずい登校

side美鈴


『ああ!もう、なんでよ!!』


 あんなに思い切った自分らしくない行動をして、お酒の力も借りて、淫らな言葉も言ったのに、なぜ肝心な時に固まるのか。

人間の三大欲求は、情熱的に体を動かすことさえできなくなってしまったのだろうか。


 この男もそうだ。女の子にあれだけ言わせておいて、顔色一つ変えないなんて。

性別は本当に雄なのだろうか。性欲はないのだろうか。あるいはポーカーフェイスなのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、数十分が過ぎ、その間二人は無言を貫き通し、静かなにらめっこ大会が行われた。


『嫌なら拒んでくれればいいのに、でもそれは怖い。ああ、もう何を考えているのかわからない。』


そんな永遠にも感じられる冷戦は、突然にも終わった。



「いや、もう8時なんだけど…。」


 この沈黙を抜け出したい、でもこの限りなく近い距離で、何か安心感が生まれたところで、当然私は慌てた。

ぼーっとしていたせいで何て言ったか聞こえなかったけれど、反射的に聞き返した。


「え?」


「だから、もう遅刻しちゃうよ?」


半分呆れたように、こちらを見る顔はまだ温かみが残っていて、まだ嫌われてないんだって心の底から安心して、でも頭は回らなくて、その甘い声にほぼテキトウに答えた。


「いやだ。」


「8時だよ!?本当にいいの?」


ずっと会話を続けていたい、そう思っている時に、耳に印象的な数字が飛び込んでくる。その数字を口でリピートしていくうちに、意識がはっきりとしてきた。


「8時かあ~。うーん……え、8時?」


「ん、そうだけど?」


何てことだ、いくらなんでも経ちすぎではないか?


「え?いや、本当に?」


「……じゃあ時計見たら?」


面白がるように彼は言う。冷や汗をかいて私も急いで時計を見る。

時刻は08:04、本当だ。


とりあえず急いで学校に行かなければ。

そう思って色々と質問をはぐらかし、私たちは気まずい登校を共にした。




side旅人


時計を見て、それからまた美鈴を見て、僕は言う。


「いや、もう8時なんだけど……」


「え?」


「だから、もう遅刻しちゃうよ?いいの?」


「いやだ。」


「8時だよ!?本当にいいの?」


「8時かあー。うーん……え、8時?」


「ん?そうだけど…?」


「え、いや、本当に?」


「…じゃあ時計見たら?」


完全に酒から覚めた美鈴が、血走った目で壁に掛けられたアナログ時計を見る。



「ああー、え、いや、もう、本当にごめんなさい!!!!!」


「はあ~、危なかった。本当に危なかった。」


本当に危なかった。もう少しで僕の貞操が…。


「私のせいで遅刻してしまいそう!」


「いや、そっち???」


「え、いや、他になにかあった?」


僕が梳いた長い綺麗な黒髪を振って、こちらを向き直す。


「……え、まじで言ってる?」


「………詳しい話は後でしよう?とにかく今は急がなきゃ!」


「あ、ああ。」


別に僕は学校ぐらい休んでもいいのにな、という言葉を飲み込んで、とりあえず答える。


弁当におかずを詰め込み、急いで制服に着替えて、急いで家を出る。

無言で、すごく気まずくなった。



あれ、最近僕こういう空気多くね?




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