第18話 同棲弁当はぷにんぐ


『ねえ、旅人?私、もう―――』


『え、いや、え?』


バサッ

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共同作業で料理を初めて早5分。

僕らは、床で抱き合っていた。

いや、正確にはが、壁ドンならぬ床ドンをされて、押し倒されていた。



さて、読者諸君、どうしてこうなったと思う?

いやホント、どうして?



=20minutes ago===


「それで、何を作るつもりなの?」


「そうだなあ、魚は入れるとほかの具が魚臭くなってしまうし、やっぱり肉かなあ。

美鈴はなにか食べたいものある?」


「わ、わたし?私は、うーん、無難に、唐揚げとか?」


「朝から唐揚げ作るの…?」


「え、いや、嫌だったらいいんだよ?別に――――」


唐揚げ、か。まあ、最近食べてなかったし、いいかもな。


「いいよ。作ろう、唐揚げ。」


「え?」


「聞いたら食べたくなってきたんだよ。ほら、油敷こう。」


「あ、うん!わかった。」


「でも、唐揚げだけしか作らないわけにもいかないし。僕は何か副菜を作ろうかな。

あ、それとも油物は危ないから僕がやった方がいいかな?」


「い、いや、唐揚げは私が作るよ。私が作ったものも、食べてみてほしいし!」


へえ、確かに美鈴が作る唐揚げはおいしそうだな。クラスの男子は喜ぶだろう。

……知らんけど。


「そう、じゃあ、楽しみにしてるね。」


「ふぇ?うん、私、頑張るから!」


顔を赤く染めながら、彼女はうつむく。

からかう側って、こんなに楽しいものだったのか。

いや、別に僕に特別変わった言葉を言っているわけではないのだけれど。


無駄にものすごく大きい新しい冷蔵庫から、玉葱、人参、白菜、ピーマンなどを出して僕は副菜の調理にかかった。


サラダのようにするつもりなので、適当に切って少し焼き目を入れたら、母さんの家に代々伝わる秘伝のドレッシングをかける。これは本当になんにでも合うので、僕も重宝している。今回も、来たときに置いて行ってくれたようだった。


「ふう」


ひと段落ついたというところで、美鈴のほうを見る。


額に少し汗が浮かんでいるが、かなり集中している。


「…………」


慣れた手つきで、さほど焦っているようには見えなかった。


こういうとき。人間は、その人にちょっかいをかけたくなる生き物だ。


僕もそうだった。


前から少し気になっていた髪の毛を触った。艶があるのにさらさらで、いい匂いのする髪。


中学生のころはこんなのではなかった。

きっと努力をしたのだろう。風呂場にもたくさんのシャンプーやリンスなどがあった。


女子というものは髪に神経が入っているんだろうか?少し触れるだけで、心底驚いたように、それからくすぐったそうな顔をする。


やがてそれをしているのが僕だとわかると、声にもならない様な声を出して、

過熱を止めた。


「どうしたの?まだ全部できていないじゃない。」


そう、あと四つほど、下準備をして揚げていないものがあった。


「いや、もう今日の分は揚げたから。……それに、触りたいんでしょ?

……髪、梳いてよ。」


「え?」


「だから、髪、梳いてよ。昔みたいに。」


櫛を差し出してもう一度美鈴は言う。


いや、言ってることはわかるんだが…。


「最近ほとんど梳いてないし、失敗するかもしれないよ?」


「…大丈夫よ。旅人なら。」


「……わかった。」


昔はそんなこともしたが、今は責任重大だ。

髪の大事さは、父さんから強く教えられた。


男性もそうだが、特に女性は、髪が命だと。



場所を変えて二人でソファに座り、美鈴の後ろから、ゆっくりと櫛を添わせるように優しく梳く。そもそもそこまで寝癖などもないので、少し霧吹きで湿らせて梳くだけで十分だ。


「ん~。気持ちいい。痛くないし、やっぱり旅人はうまいね。」


「まあ、これでも美容師の息子だからね。」


そんなことを言いながら5分ほどで、髪は梳き終わった。


「本当に美鈴の髪は綺麗だね。いつまでも梳いていたい。」


「そう?そんなに言ってくれるんなら、頑張ったかいもあったね。」


「頑張った?」


「そう、私、頑張ったんだよ。綺麗になるために、髪も、美容も、勉強もなんでもした。お母さんが、旅人がこの学校を受けるって聞いてから、必死になったんだから。」


「…………」


(ああ、知っていた。たぶんそんなことだろうと分かっていた。でも―――)


「ねえ、旅人。私さ、結構がんばったんだよ?旅人とから。」


「うん。知ってる。」


「あなたのことが、す、好きだから。」


「うん…」


「……ねえ、旅人。私、優しくされるのに弱いの。」


「優しくされたら、誤解しちゃって、抑えきれなくなるの。」


「………。!?」


こっちのほうに近づいてくる。


「ねえ、母さんたちが持ってきてくれたものの中に、こんなものまであったの。」


お酒の強い菓子の数々をこちらに見せて言う。


「私はこんなもの食べないって思っていたけれど、案外いいものね。」


ほのかに上気し、うるんとした瞳で、彼女は妖艶な笑みを見せる。


「ねえ、旅人。私、もう―――。」


「え、いや、え?」


いつもより幾ばくか強い力で、僕は押し倒される。こんなにすごいのか、お酒の力。

どうしよう。いや、本当に、誰か助けて…。

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