第10話 天才少年と幼馴染①


「えっと、ただいま?」


返事はない。奥にいるのだろうか?

とりあえず玄関で靴を脱いで、この家の広さを再確認した。


すごいな…。ここ。


新築なのだろうか。高校からは割と近いが、町を歩いたこともないので新築の家が作られているのなんて知っているはずがない。


入ってすぐ左にドアがあった。横開きだ。おそるおそる開けると、

とてもいい匂いがする。まさか……?



「わ!!お、おかえり。」


「た、ただいま。」


お互い慣れない挨拶に、少したじたじになる。



「えーと、あ、ご飯もうできてるから。手洗って一緒に食べない?」


「あ、うん。ありがとう。…えっと、どこなの?」


「あ!ごめん。そこのドアの奥だったはず。」


美鈴は北側の外開きのドアを指さす。


「おっけ。」


3時の間食も取っていないのだから、僕もかなり腹が減っている。さっさとこんなことは済ませ…え?


ふむ、ドアを開けた先にはちゃんと洗面所がある。でも、この目の前に落ちているこれは?


いや何かはみればわかるのだが、なぜこんなものがここに?

あれ?ここって洗面所じゃ?んん?洗面所?


あ…、そうか、そうだよな。洗面所って基本脱衣所の近くにあるからな。


でもちゃんと洗面所との部屋の奥に脱衣所につながるのであろうドアがあり、しっかりと閉まっている。


事件だ。完全な密室である。さて、どうしたものか。




「たびと~。どうして入口で止まってるの?………ってきゃ!

なんで私の下着があるのよ!?まさかとってきたの?」


自分の下着が目の前に落ちていることに気づいた美鈴は、顔を真っ赤にしてそれを拾う。


「いや、ドアを開けたらそれが落ちていてな。あのドアって脱衣所のだろ?

なんでこんなところに落ちてるのか考えてたんだよ。勝手に拾っても嫌だろうし。」


「いや、嫌じゃないよ!別に旅人になら……」


最後のほうはほとんどわからなかったが、顔を見れば大体何を考えているのかはわかる。正直複雑な気持ちだ。


幼馴染なのだから、しっかりと友達なみの信用はしているし、僕にそういうことの興味がないのかといえば全く違う。



だって僕は恋がしたいのだから。

しかし、美鈴にそう言う気持ちを抱くかどうかはまた別の話である。


確かに彼女は美人である。

高校生デビューというやつだろうか。本当に努力したと思う。

でも僕は彼女の過去を知っている。あんな男みたいな性格をしていた美鈴が、

今は完璧な優等生になっているのだ。ちょっと怖い。


言葉で表すならあれだ、「異性として意識したことがない」というやつだ。


じゃあ「いったいどんな人なら好きになるのか?」と問われても、恋をしたことがないため、自分のタイプとかもまったくわからない。


ただ小説のような恋にあこがれているので、恋をしたいというよりは、「一目ぼれ」がしたい、と言う方が合っているかもしれない。


「どうしたの?旅人。」


おっと、いつのまにか美鈴が僕を覗き込んでいた。心配してくれているようだ。


「いや、ごめん。すぐに手、洗ってくるから美鈴は先に戻っていていいよ。」


「うん。わかった!」


やっぱり美人だなあ。思わず見とれてしまう。

僕以外の男の人だったらきっとドキドキするんだろうな。


美鈴が視界から消えてから僕は洗面所の前に立つ。


あ、そういや髪くくったままだったな。はずそ……いや今から夕飯食べるんだし別にいいか。どうせ視界が狭くなるだけなんだから。



1分ほどかけて手を洗いうがいをして、顔を洗い、リビングに戻った。


「すごいな……。」


本当に豪勢でおいしそうな料理だ。僕も一応料理はできる方だと思っていたが、いくらなんでもこんなものは作れない。


「ふふ、ありがと。この鰆根黒さんがくれたんだよ。…その、「同棲祝い」にって。」


ぶふぉ、あの人何言ってんだよ。いやあってるけど、同棲祝いって。


「そ、そうなんだ。……じゃあ、いただきます。」


「はい、どうぞ♡ 私も、いただきます。」


「美鈴もいただきますっていうんだ?」


「え?あ、そうか、旅人のお母さんロシア人だったね。『いただきます』って日本では、作った本人に向けて言うんじゃなくて、料理の材料となった生き物とか自然に感謝を込めて言うから、私も言うんだよ。」


「へえ、知らなかった。」


そんなのがあるのか。僕はそういう雑学的なことはまったくと言っていいほど知らない。


「で、おいしい?」


「あ、ごめんまだ食べてない。」


口をつけていなかった鰆の切り身に、箸を入刀する。

お、やわらか!!魚特有の柔らかさを基準としてもすごいぞ!

沈み込んでいく。


味は…うん、めっちゃおいしい!!

塩気もちょうどいい。辛すぎなくて、醤油につけても…最高だ。



「めちゃくちゃおいしいよ、焼き加減もいいし、美鈴って味付け上手いね!僕の好みだ!」


「ありがとう。味つけは、あの…い、イザベラさんに教え込まれたの。『男の心をつかむのならまず胃袋から』って…。」


後半は声が小さくなったがしっかりと僕の耳にも届いた。

ほんと何言ってるんですかね。大人のみなさん?美鈴に変なこと吹き込まないで!?

ちなみにイザべラというのは母の名だ。


「そ、そうなんだ。」


そのあとは二人とも恥ずかしさでほとんど話さずに食べ終わった。


「ごちそうさま。うん、おいしかったよ。ありがとう!」


「そ、そう?お粗末様です。」


「じゃあ、風呂入るか。」


「あ、それなんだけどさ、なんかお風呂の水でないんだよね。

壊れてるのかな。」


「え?でも料理するときは使えたんでしょ?」


「うん、そうなの。洗面所もトイレもキッチンも水使えるのに、お風呂だけが出ないの。どういうことなのかな?」


「とりあえず根黒さんを問い詰めるか。」





このとき僕は気づかなかった。ドアが自動で閉まる、つまり赤外線レーザーが組み込まれた近未来的なこの家の設計を、母さんがということに。


そして、ここからが本当の母さんのだった。



















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