35頁

老紳士は ゆっくりと歩いて行った

青年の血痕が残るピアノの 向かいに

向かいには 演奏用のピアノが あった


「先生 いらしてたんですか?

 すみません 遅れてしまって」

演奏用のピアノの前に 学生が立ち尽くしていた


何時着いたのか 学生もまた呆然としていた

老紳士は 学生の肩を軽く叩いて

演奏用のピアノの椅子に 腰かけた


そして 力強く 鍵盤を捕えた

静寂の眠りを 打ち破るかのように

過ぎた日々を 取り戻すかのように


老夫人は 老人の名を呼び 一層 抱きしめた

「神様は 見放さないでいて下さったのね

今日の この日に わたしを導いて下さった」


若い娘は 老夫人の肩にそっと手を置いた

「はじめて この方のピアノを聞いた時

 何故だかわたし 胸がつまされました」


老夫人は 頷いた

「あの時 直ぐに分かったわ 彼だって

 だって 淡い思い出を一緒に紡いだのですもの」


「おじいちゃん どうしちゃたの?」

「長い眠りに つかれたのよ」

老人は 村人たちの手により教会へと運ばれて行った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る