第10歩 屁理屈の理由

「な、何事⁉︎」

 寝音子は突然始まった実況付きのガチバトルに困惑します。

「ちょっと待って。」

 みはねは急いでニクザベスを抱え上げ、ネイちゃんから遠ざけました。

「ニクザベスちゃんとネッコちゃんたちの仲は険悪。これが今回リクエストを出した理由。」

「どういうことです?」

「捨てられていたニクザベス2世をあたしが拾ってきた。家では飼えないけど、お店でなら飼ってもいいって言われて……でもいざ飼ってみたら、キャストとケンカばかりして困った。」

「ふむふむ。」

「それでお母さんに

『キャストがケンカで怪我でもしたら困るわ。1と仲良くなれなかったら、全員と仲良くなる見込みなんてないから保健所かアニマ愛護センターに連れて行くからね!』

って言われた。」

「それは……大変ですね……。で、結局私は何をするんです?」

「ん? だから、ネッコになるんだけど?」

「できればディテールの説明を!」

「しょうがないなぁ。」

 そう言いながら座り込むと、みはねは寝音子のほうを見て膝を叩きました。

「はい? 膝枕ですか?」

 寝音子は無言の誘導でみはねの膝に頭を乗せました。

「……これは……何です?」

「ネッコになりきる練習。あなたにはこれからキャストの一員になってもらうから。」

「どういうことですか⁉︎ そしてなぜですか⁉︎」

「お母さんは“キャストと”仲良くとは言ってたけども、“ネッコと”仲良くとは言ってない。だから人間のあなたでも、ここのニクザベスと仲良くなれば、1なったことになる。保健所や愛護センター行きも免れるって寸法。」

「そんな屁理屈のためにわざわざリクエストまで出したんですか⁉︎」

「それだけじゃない。あえて報酬を低くして、あなたみたいにリクエスト争奪戦に負けて残り物リクエストを漁るような貧弱な子を狙ってた。理由はオトしやすいから。」

「つまりまんまと術中にはまっていたと……⁉︎」

「うん。ずぼずぼね。」

「恥ずかしいっ……! オフトンの中に隠れたいのでもう帰っていいですか⁉︎」

「ダメ。あなたは今からうちのかわいいキャストちゃんだから。まあどうしてもって言うなら止めないけど、キャンセル料お高めだから気をつけて。」

 みはねが寝音子に依頼書を再確認させます。

「きゃ、キャンセル料一万ウェン⁉︎ こんなに高いなんて聞いてませんっ!」

「ちゃんと依頼書の下までチェックしようよ……。それでもフリーター?」

「うぅ……ポンコツの自覚はあります……。」

 寝音子はばつの悪い表情で組んだ両手の親指同士をこすり合わせました。

「まあ今日はポンコツでも大丈夫。ネァーオネァーオ鳴いて愛嬌振りまきながら、ニクザベスとの仲の良さをアピールすればいいだけだから。」

「それなんですが……さっきの話だと、私がネッコになりきる必要は別にないのでは? キャストでさえあればいいんですよね?」

「それは、さすがにネッコカフェだから、一応ネッコのていで通しとかないと、お母さんがキャストとして認めてくれないかもしれないから。」

「そもそもがネッコじゃないので認めてくれないような……。」

 渋る寝音子に対して、みはねのけだるけな目が少しだけ鋭くなり——、

「今日の夕方にはお母さんが戻ってくる。それまでにお願い……!」

 その真剣な眼光が寝音子に刺さりました。

「……みはねさんがニクザベスを大切にしていることは分かりました。ここまで来た以上、お仕事はします。しかし、それでお母さまは納得してくれるでしょうか?」

「策はある。けど、まずは寝音子がネッコになりきれるようにならないと。」

 そして寝音子は、ネッコの仕草をいっぱい練習しました。

 作り物の尻尾を狭い隙間に根っこのように突っ込んだり、体を舐めたり、ネッコじゃらしでじゃれたり。

 こうして、みはねの母が出張から帰るまでに、寝音子はキャストになりきる準備を整えていきました。

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