第3歩 敗北者に福はない

「ここですね。ぃよし!」

 寝音子は青い炎のごとく気合十分にサカバーガーの店内へ入っていきました。

 ここでは『リクエスト』と呼ばれるお仕事や依頼を受けることができます。リクエストの依頼書は店内の掲示板に張り出されます。

 サカバーガーはただのハンバーガーチェーンではなく、国がリクエストの斡旋業を許可した『認定酒場店』でもあります。

 なので寝音子はいつも近所のサカバーガーにリクエストを取りにいくのです。

「ああ……やっぱり…………。」

 店内の掲示板の前には、多くの“フリーター”、つまりはリクエストの報酬で生計を立てる人たちが群がっていました。

 もうすぐ『リクエスト更新』の時間です。

 毎日朝と夕方に実施するリクエスト更新では、新規のリクエストを追加したり掲示期限が過ぎたものを回収したりします。

 リクエストの受注は基本早い者勝ちですから、リクエスト更新前の認定酒場店にはフリーターが殺到するわけです。

 寝音子は今から掲示板前の“戦”、すなわち新規リクエストの依頼書の取り合いに身を投じようとしているのです。

「更新の時間です! 掲示板から離れてくださぁーい!」

 という掛け声と共にやってきたのは何人かの店員さん。

 フリーターのみなさんが掲示板前にきちんと空けたスペースに入ると、掲示板の古いリクエストを回収し、新しいリクエストを貼り出していきます。

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」」」

 更新が終わって店員さんが中腰で去っていくと、フリーターたちは一斉に掲示板に貼られたリクエストの依頼書を漁り始めました。

 筋肉質な男性、気が強そうな女性、大柄なメガネの男性、華奢でおしゃれな女性。

 そういういろんな人が、もみくちゃになりながら新規リクエストの依頼書を剥がしてはチェックし、剥がしてはチェックしを繰り返します。

 高報酬あるいは丁度いい難易度の、要するに条件の良いリクエストをめぐる厳しい争奪戦レースです。

 でも、やるしかない!

 そう心を決めた寝音子は、老若男女——老人はいませんけども——が激しく蠢く人波雲海クラウドの中へ飛び込みました。

「うっあっちょっまっ——ちゃぺっ!」

 そして人混みの外へ弾かれました。

 当然です。なにせ非力な寝音子ですから。

 いくら気合を入れて突っ込んでいったところで、人間集合流動体もみくちゃパラダイスの中に数秒間留まるのが関の山です。

「うぅ……。」

 寝音子は床で強打した頭を押さえてしばらくうずくまっていました。

 痛みが引いてきた頭をさすりながらよたよたと立ち上がったころには、もうほかのフリーターたちはすっかりいなくなっていました。

 それだけなら良かったのですが、人の壁が撤去されてやっと見えるようになった掲示板からは、好条件のリクエストも根こそぎかっさらわれています。

「はぁ……今日もダメでした……。」

 寝音子は肩を落としました。今日も母に『稼ぎが少ない』とそしられるのだと。

 残っているのは低報酬あるいは大変ハードなリクエストの依頼書だけ。

 いつもこのように戦に敗れてしまう寝音子には、これらのを漁ることしかできません。彼女が『落ちこぼれフリーター』たる所以ゆえんです。都会の方にはこういった掲示板が至る所にありますし、出回るリクエストの数も多いのでこんなに取り合いになることはないのですが、こんなショボい地方都市ではそうもいきません。世知辛いですね。

「ダメですね。あれも、これも————」

 上から順番に残ったリクエストを確認する寝音子でしたが、そこはやはり残り物。福はありませんでした。

「どうしましょ……ん?」

 すると、掲示板の最下段右端のリクエストが寝音子の目に止まりました。

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