第6話 恥ずかしいって、一体何が?



 例えば、体育祭では。



「ねぇ、実行委員なんだからアンタも明日の抱負とか言って、何か盛り上げてよ」


 前日。

 士気を高める為の、最後のグループ内・幹部ミーティング。

 その場所で、私はアイツにそう言った。



 体育祭は3学年合同で、平等な戦力になる様に3つのグループに分かれて戦う事になっている。

 1学年で3クラスずつ、合計9クラスが1グループになり、他のグループと対抗する形だ。


 そして私とアイツは今回も、例に漏れず同じチームに所属していた。


「い、いや、俺は……」

「え? 何でそんな尻込みしてんの? 別に一言『がんばろー! おー!!』みたいなので良いんだよ?」


 連合チーム全員に対してするなら、少し緊張するのも分かる。


 でも今は、仕切りの主要メンバーしかいない。

 人数なんて精々20人くらいな物だ。


 まぁ確かにコイツは楽し気な人達の中に混ざるのが苦手みたいだから、尻込みしてしまうのも分からなくはない。

 けれど、此処で尻込みなんてしてもらっては困るのだ。

 主に私の楽しみ的に。


「……だって、恥ずかしいし」

「はぁ?」


 顔に似合わない発言に、思わず自分でも驚くくらいの素っ頓狂な声が上がってしまった。

 それもこれも、全てはそんな声を上げさせたコイツが悪い。


(恥ずかしいって、何だそれ)


 なんて思ったが、ふと視界に入ったアイツは確かにソワソワしていて少し居心地悪そうだ。

 そんなアイツを見て。


(――こんなアイツを見る機会も、滅多に無いよね)


 私の悪戯心に、本格的に火が付いた。


「えー? でもアンタ、何だかんだで皆の事仕切ってたじゃん。功労者だと思うんだけど」


 アイツが功労者なのは、本当だった。



 普通はこういう場合、最高学年が仕切る物だ。

 しかし今年は最高学年の長が「多分全体の仕切りはコイツの方が得意だから」と言って、その座をアイツに譲った。

 ……否、押し付けたと言った方が正しいかもしれない。


 あの暴君さ加減については「あの人らしい」とは思いつつも、押し付けられたアイツには激しく同情した。


(まぁだからと言って何か積極的に手を貸したなんてことは無くて、みんなと同じ様に普通に自分の仕事をきっちり熟しただけだったけど)


 結局アイツは何だかんだで半ば強制的に、全体の取り纏めをせざるを得ない状況になったのだ。



 アイツは、確かに有能だった。

 私が本当に「凄いな」と思ったくらいだから、お世辞でも贔屓目でもない。

 純然たる事実だ。


 そしてその働きぶりは『今回一番の功労者』として、きちんとチーム全体に浸透している。


「そんな事は無いと思うけど……でももし本当にそう思ってくれてるなら、寧ろそっとしとけよ」


 何で功労者にむち打ちに来るんだよ。

 労えよ。


 弱々し気にそう言ってくるので、何だかより一層楽しくなってきてしまう。

 だから私は、アイツに更に詰め寄ってみる。


「何言ってんの? 功労者だからこそ、皆の士気を上げれるんじゃん! 真面目にやってこなかった奴に『頑張ろー!』なんて言われても『お前が言うなよ』ってなるだけじゃん」


 「ねー、皆」と、周りを呷る事を忘れない。

 すると周りはテンション高く「良いぞー」「やれやれー!」と付いてきてくれる。

 こういう委員をする人は割とこういう遊びのノリについてきてくれる人が多いけど、それにしても周りのテンションが異様に高いのは、『祭り』の前日だからだろうか。


 アイツは、こうなれば周りの期待に応えずにはいられない様な奴だ。

 そんな事は、もう既に分かっている。

 だから私の読み通り、結局アイツが奮起するのは必然で。


「が、『頑張るぞー!』」

「「「「「「おー!!」」」」」」


 羞恥に顔を赤くしながらも、アイツは声を上げた。


 慣れない号令だったからだろうか。

 出だしでどもっていたが、まぁそれは御愛嬌だろう。


 少しヤケクソ気味なその掛け声が周りに盛大に受け入れられて、アイツは目に見えてホッとしていた。



 その後、当分の間『謎のハイタッチ』が続く。


 妙なテンションの時に横行するハイタッチ程、意味の分からない物は無い。

 しかし同時に、こういう時のハイタッチ程、訳も分からず楽しい物も無い。


 しばらく私はそのおかしな空気を楽しんだ。




 それも一段落して、それぞれが帰り支度を始めた頃。

 上がり切ったテンションのまま、アイツを労いに行った。


「明日、頑張ろうねっ!!」


 言いながらハイタッチを要求すれば、アイツは少し躊躇する。

 でも結局私の要求に答えて。


「お、おう」


 少し驚いたような顔で赤面したアイツとハイタッチを交わす。

 この時ばかりは気分が良かった事が幸いして、「未だ赤面してるなんて、さっきのでどれだけ恥ずかしかったんだよ」って、思わず心中でツッコミを入れながら笑ってしまった。


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