第2話 アイツと私を繋いだのは、いたずらな風だった。



 アイツと初めて会ったのは、校舎と校舎を繋ぐとある渡り廊下の一角だった。



 5月。

 丁度高校一年の、一学期中間テストの結果が返って来た頃だ。


 授業で答案の解説をやる為、返された後も当分の間テストは家から持ってこなければならない。

 移動教室がある教科ならば、勿論移動先の教室まで持って行く必要がある。


 その為、その日私は教科書やノートと共に問題用紙と答案用紙を持って、理科室への廊下を歩いていた。



 答案はノートに挟んでいたのだが、その挟み方がどうやら少し甘かったらしい。

 突風に煽られて、答案用紙が宙を舞う。


 「あっ」と思った時には、もう既に手が届く所には無くて。

 慌ててソレを追いかける。


 その答案は、すぐに風が止んだお陰でヒラリとコンクリートの地面に落ちた。


 私は少しホッとするが、呑気に歩いていてまた飛び始めてしまっても困る。

 だから慌てて答案の確保に向かう。



 すると、丁度前方。

 1人の男子生徒が、親切にもソレを拾ってくれた。


「あ、ごめん。ありがとう」


 親切な男子に、私は笑顔でお礼を言った。

 しかし私が笑顔だったのは、この瞬間までだった。


「12点って」


 呟く様なその声は、しかし酷くクリアに聞こえた。



 この高校は、県下でも偏差値が中々高い。

 1位とは言わないが、2番か3番ではあるだろう。


 そしてその偏差値の足を引っ張っているのが、『スポーツ推薦』という名の例外だ。


 私は勿論、その例外に当たる。



 しかし幾ら例外でも、この点数はヤバい。

 その自覚はあった。


 だからこそその言葉は、私の心を酷く逆撫でした。


(私だって好きでそんな点数取ったんじゃないわっ!!)


 反射的にこんな風に反感を持つのも、仕方が無いんじゃないかと思う。

 そしてこれまた反射的に何か言い返さないといけない様な気になってしまったのも、仕方が無いんじゃないかと思う。



 アイツも移動教室だったんだろう。

 その手には英語の教科書やノートを抱えられていた。


 教科は理科じゃないけど、テストの答案もある。



 丁度、その点数がこちらを向いていた。

 しめしめと思ってちょっと覗いて、見えた点数に思わず驚く。


 ――97点。


 そんな高い点数、取ったことが無いのは勿論、今までに一度も遭遇した事が無い。


 お陰で驚きが焦りに拍車を掛けた。

 だからこそ私は、外見的に一番分かり易い所を引き合いに出したんだと思う。


「頭良いからって初対面の相手に上から目線でそんな事言うなんて、ちょっと失礼過ぎるでしょ! アンタなんか、うーんと……そうっ! チビの癖にっ!!」

「はぁ?!」


 私の声に、アイツの奇声が返ってくる。


「何だと?! 折角拾ってやったっていうのに!!」


 そんな風に言い返してくるけど、先に余計な事を言ったのはアイツの方だ。


 結局その時は言い合いになった所を、互いの友達に止められて終わった。



 ……後から知ったのだが、アイツは背が低い事がコンプレックスだったらしい。

 そこを突いたのは悪かったと思わなくもないが、「元はと言えばアイツが悪い」とは、今でも思っている。


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