第27話 分岐(本編完結)
俺たちが和解を済ましてからもシシル嬢たちの――傍目から見る分には――微笑ましい兄妹喧嘩は続き、最終的に俺と王太子が割って入ることで強制的に終了するということになった。
その際にシシル嬢を宥めていると、彼女の兄から血涙を流さんばかりの勢いで憎悪と憤怒の込められた視線を向けられ続けるという苦行を受ける羽目になったのだった。
彼もまた上司の一人になるかもしれないことを考えると、何とも前途多難だ。王太子たちは苦笑するばかりで、助け舟一つ出そうとしないし。
本当に彼らの元でやっていけるのだろうか?
これは少しばかり判断を早まったかもしれないぞ。
「シシルと付き合っていく以上、こいつの視線はついて回るものだ。諦めろとは言わないが早く慣れることだな。……そして、二人がこの先本当に関係を進めるつもりであるならば、私の元に着いておくべきだ」
そんな俺の内心を見透かしたのか、王太子が逃亡を防ぐための楔を打ち込んできた。
「家格の問題、でしょうか?」
俺の返答に三人がそれぞれ重々しく頷く。
ちなみに、具体的な内容となったためなのか、シシル嬢は真っ赤な顔で俯いてしまった。こういうところは何とも可愛らしいお人だ。
話を戻そう。王太子たち三人は互いに相当気心の知れた間柄であることが伺える。
つまり、それだけ王家に近い家柄出身ということになる。それは高い爵位を持っていることと同義で、そんな上位貴族令嬢の彼女と、三流ド田舎木っ端男爵家の次男である俺とでは、政略的にも一般的にも完全に釣り合っていないと言われてしまうのだ。
王太子の存在というのは、そんな盤面を引っ繰り返すことができるジョーカーのようなものだ。
もちろん彼の剣として実績を残す必要はあるだろうが、その後ろ盾を得ることができれば、シシル嬢との未来は荒唐無稽な夢物語ではなくなる可能性が高いという訳だな。
シール学園卒業時に強制的に独立させられることが決定している俺としては、親父殿たっての「できることなら家の名を残して欲しい」という願いも叶えることができるかもしれない道である。
元より拒否などできない状況ではあるが、進んで拒否する理由もないのだった。
さて、そうなると一つ絶対にやっておかなくてはいけないことがある。
一つ大きく深呼吸をすると少し腰を上げて、少し距離を取るようにして座り直すとシシル嬢へと向き直る。
微かに彼女と触れ合うことで得ていた仄かな温かさがなくなり、接していた左肩が寒々しく感じてしまう。今日一日を共に過ごしたことで、俺の中の彼女への想いは「頼りになる年上のお姉さん」から「これから先も一緒にいたい大切な女性」へと変貌を遂げていたらしい。
……まあ、そのなんだ。後から思い返してみるとそれまで恋愛経験が皆無だったこともあって、この時の俺は完全に暴走状態に陥っていたと思う。
「シシルさん!」
「は、はい!」
「これから先もあなたの隣で一緒に歩き続ける権利を俺に下さい!」
しかも格好を付けようとして空回りし過ぎて、意味の良く分からないものとなっていた。
「私は……、イズナ君よりも五つもお姉さんよ?」
「それを言うなら、俺なんて成人したばかりな上に常識にも疎いガキですよ」
不安で瞳を揺らしていた彼女に微笑みかけながら答える。
もっとも、内心では盛大に安堵の息を吐くことになっていた。これまでの会話の流れから、シシル嬢との結婚を視野に入れつつ付き合っていく、という雰囲気にはなっていたが、正式にお互いに気持ちを伝えあってはいなかったからだ。
仮にここで彼女がノーと答えていれば、これまでの話がすべて意味をなくしてしまうところだった。
「でも……、もうすぐ
それでもシシル嬢、いや、シシルは躊躇する言葉を重ねる。
確かにファンタジーな異世界物の例に漏れずこの世界でも初婚の年齢は低い。しかし、一方で魔物という天敵が存在しており死亡率がそれなりに高いためか、少なくとも平民の間では二十代を
二十歳になったばかりともなれば尚更で、逆に引く手あまたという場合だって十分にあり得るのだ。冒険者協会の職員としての経験を持ち、案内を買って出てくれる程ジィマフの街に詳しい彼女であれば、そうした庶民の常識も理解しているだろうに。
不思議に思いながらもそっと横目で見てみると、王太子たちが不満を滲ませながらも難しい顔になっていたので、貴族たちの間ではそちらが常識であるらしい。
大方、対立派閥を攻撃するための都合の良い的にされているのだろう。
くだらない。
余談だが、俺個人としては前世の記憶があるため二十歳以上が理想だ。
いくら成人していて法的には問題がないとはいえ、年齢的にJKやJCと結婚するとか絶対無理だから!
「さっきの家格の件もそうですけど、俺の方が余程シシルさんの実家や殿下たちに迷惑をかけてしまう存在ですからね。もちろん、誰にも文句を言わせないところまで成り上がるつもりですけど」
誰に憚ることなくシシルを妻に迎えるのだ。
これはその宣誓であると同時に、この世界で俺が、イズナ・ボルタクスとして生きるという決意表明でもあった。
本気の度合いが伝わったのか、告白以降頑なになっていたシシルの強張りがほどけつつあるように感じられた。
だが、まだ完全ではない。もう一押し、ダメ押しの一手が欲しいところだ。
……仕方がない。こうなれば奥の手を出すとしよう。
「シシルさん、毎日という訳にはいかないかもしれないけど、お弁当、用意しますよ」
瞬間彼女の目が見開かれ、後に逡巡するようにあちらこちらへと視線がさ迷う。
そして上目遣いでこちらを見ると、
「……卵焼きも入れてくれる?」
いやいや、あなたが俺を骨抜きにしてどうするのというのか。
繰り出した必殺技を華麗に回避され、カウンターで超必殺技を喰らわされた気分だ。心ここにあらずとなってしまい、
「甘いのでもしょっぱいのでも、お好きな方で」
と答えていたのだった。
こうしてちょっとしたドタバタはあったものの、無事に俺とシシルは結婚を前提としたお付き合いを正式に始めることになるのだった。
「改めて、宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
二人して並んで椅子から立ち上がると、今度は王太子たち三人に向かって深々と頭を下げる。そんな俺たちを一人は苦々しげに、残る二人は朗らかに見つめていた。
「よし。それではイズナには今後冒険者一筋で活動してもらう」
「はい?」
唐突な言葉に首から先だけを上げて――腰は曲がったままの体勢だったので不気味だったのだろう、対する三人の頬が軽く引きつっていた――王太子を見る。
「実は君たちを相手に騒ぎを越したドラムス伯爵、ああ、本人のバカ息子ではなく親の伯爵の方だ。その伯爵が子飼いの連中がやられたことを逆手に取って、反逆だの名誉棄損だのと騒ぎ立てていてな。その対処として、イズナには申し訳ないがシール学園への入学は取り消しにさせて貰うよ」
「そんな!イズナ君はシール学園に通うためにやってきたのに!」
「シシルさん、落ち着いて。まずは詳しい話を聞きましょう」
自分よりも強く感情を発する人が近くにいると冷静になれるというのは本当らしい。
怒りを爆発させそうになっているシシル嬢の背中をトントンと優しく叩いてなだめながら続きを促す。当然のように彼女の兄からは殺意ぎっしりの視線を頂戴することになったとだけ追記しておく。
「正直、今日一日街のあちこちで騒ぎや事故を引き起こしておいてどの口がほざくかと言いたいところだが、あれで長年中堅貴族として甘い汁を啜り続けて来た連中だ。子どもの若気の至りだ何だのと、のらりくらりと言い逃れられてしまった」
「これ以上すり寄って来られないよう、監督不行き届きでバカ息子がまともになったと判断できるまで伯爵共々殿下への目通りを禁止すると言い渡したのだが、そうなると相手側もまた相応の罪に問われないと不公平だと言いだしたのだ」
リレー形式で王太子たちが語ってくれたことをまとめると、ドラムス伯爵は罰を言い渡された道連れに、俺やシシル嬢にも罪を着せようとしたということらしい。
子が子なら親も親、あの部下にあってこの上司ということのようだな。
「元々シシルには横暴な貴族連中が押しかけた際の切り札として市井に、冒険者協会にいてもらっていたという経緯があるから、こちらは逆に返り討ちにできたのだがな」
なるほど、上位貴族令嬢のシシルを配置することで、バカ貴族が身分を笠に無茶な依頼を捻じ込もうとしたり、難癖をつけて報酬を値切ろうとしたりするのを防ごうとしていた訳か。
そういう立場でもあるから、クスタ工房との契約も一人で九割方を進めることができたのだろう。
「いくらレッドアントの討伐で名を上げたとはいっても、さすがにイズナのことまでは庇いきることができなかった。これは私の力量不足だ」
「いえ、シシルさんが無事であるなら構いませんよ」
今にも頭を下げそうな王太子を押し止めて返答を行う。
実際のところ、今の言葉は本心だ。入学金や授業料などを無駄にしてしまったことには心が痛むが、冒険者として活動していれば遠くない内にそれらを返却することは可能だろうからな。
それにこのままシール学園に通ったとなると、学内でドラムス伯爵家からの嫌がらせや妨害を受けるかもしれない。
確か『エレメンタルガールズ!』でも家柄や身分を笠に着た我が儘貴族とのトラブルが起きたり、いじめ的な問題を解決したりするシーンがあったはずだ。
プラクティスダンジョンを超えた先の迷宮内部でそのような妨害工作に遭遇してしまえば、命の危機に直結することになる。
正直、この世界と『エレメンタルガールズ!』の共通点や相違点といった気になることや、理不尽な難癖による予定の変更等への悔しい気持ちがない訳ではないが、ここで無理に我を通したところで碌なことにはならないだろう。
それに、あちらの俺はモブのサブキャラかそれ以下の存在でしかない。
既にいくつかの事象には関わってしまった感もあるが、本筋部分はやはり本来の主役たる主人公とヒロインたちに任せるべきではないかとも思うのだ。
最終討伐対象が伝説の魔王ということで、死にそうになることも多々あるだろう。
だがそこはまあ、愛と勇気と希望とその他諸々な素敵パワーで何とか乗り越えてもらいたいものだな。
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