第26話 謝罪
「余計な口を滑らせた俺も大概だとは思いますが、殿下が自ら正体を明かす必要はなかったのではありませんかね……」
最終的にはアレが決め手となったようなものだ。
結局、本人から王太子であることを知らされた俺は、そのままなし崩し的に彼の陣営に属することになってしまった。
「強硬的な手段であったことは認めよう。だが、一切の情報も与えられていない状態で私が何者かを言い当てられることができるだけの洞察力を持つ者を在野に放っておく程、目を曇らせてはいないつもりだ」
その言葉に嘘はないのだろうが、どちらかと言えば「何も知らないはずなのに正体を言い当てるような危険人物には手綱を付けておきたい」という方が本音だと思う。
後、どうにも過大評価をされているように感じるのは気のせいではないだろう。
更に言えば、正体を言い当てるより以前から、王太子は俺のことを味方に引き入れようとしていたところがあった。
ジィマフにやって来てからの俺の行動を、やけに詳しく知っていた節すらあったのだ。そう、まるですぐ側に間者を張りつかせておいて、頻繁に報告を受けていたかのように。
「と、そんな訳はないか」
「む?何か気になることでもあったのか?」
「何でもありません……。いや、これから仕えようという相手に隠し事をするのも問題かな。……質問をさせてもらっても?」
「構わない。臣が意見できぬ王、配下が想いを口にできない王など害悪でしかないからな。何でも、という訳にはいかないが、お前ならばここで愚かな言葉を口にするようなことはしないだろう」
うへえ……。やっぱり王太子というのは伊達ではないな。わざと口調を崩して許容できる境界線を探ってみようとしたのだが、釘を刺すというよりも、茶目っ気を込めて「自分の配下に相応しい態度を取れるようになれ」と逆に発破を掛けられてしまった。
「試すような真似をしてしまったことをお詫びいたします」
またもや非がこちらにあるのは明確なので、さっさと詫びを入れておく。
一応言い訳をさせて貰うと、シシル嬢を含むこの場にいる残る三人の方が、注意するなり指導してくるなりといった反応を示すものと考えていたのだ。
まさかいの一番の当の本人が対応してみせるとは完全に想像の範囲外だった。
「許そう。……で、イズナは一体何を疑問に思ったのだ?」
「殿下とは今日初対面だったはずなのに、俺のことをやけに詳しく知られているように感じてしまいまして」
これで単なる思い違いであれば、自意識過剰な痛い子となってしまう訳だが……。
笑いだしたりする様子はないので、最悪の事態は回避できたようだ。そんなことに意識を向けていたため、この時の俺は微かに触れていたシシル嬢の肩がビクン!と跳ねたことにも気が付かないままだった。
「知らぬ間に密偵か間者といった類の者を付けられていたのかと考えてしまったのです」
「ふむ。確かにそういった役を担う子飼いの者たちが居ないこともない」
「よろしいのですか?」
「ああ。どうせ近い内に顔を合わせることになる。それならば諍いの元にならないように、あらかじめ存在を知らせておくべきだろう」
衛兵隊所属の彼が驚いたように問いかけるも、王太子は問題ないという態度を崩すことなくそう言い切ったのだった。さらりと告げられたので流してしまいそうになったが、国や王ではなく王太子の子飼いという辺り、実は結構な機密情報でありヤバめのネタなのではないだろうか。
うーん……。着実に彼の陣営に取り込まれてしまっているぜ。
「話を戻すと、居るにはいるが現在私の警護を担っているもの以外は、全員ジィマフの外の仕事に従事させている」
だからそんな重要な話を軽々しく口にしないでもらいたい。
……ん?彼は今「現在」と言ったか?
つまり今この瞬間も影から警護をしている人物が存在するということになり……、ダメだ。少しの気配も掴むことができない。分かってはいたことだが、やはり上には上の者がいるということであるようだ。
「まあ、予想は外れていたが、私に密偵の子飼いがいると推測したことや、自身の情報が集められていると感じ取ったことで十分に及第点を超えている。自信を無くす必要はないぞ」
自信をなくしたのは、その密偵の能力の高さを目の当たりにしたからなのだが、詳しく説明するような事でもないな。
それにしても、やはり俺の情報自体は集められていたのか。だが、そうなると次なる疑問が浮かんでくる。
一体誰がその役割を果たしていたのだろうか?
この疑問は直後に明らかにされることになった。特大の衝撃と共に。
「イズナのことはこいつ経由でシシルから報告を受けていたのだ」
「は?」
くいっと王太子が指さしたのは彼の背後に立つもう一人、常時不機嫌な雰囲気を纏い続けている最初に入室してきた男性だった。
と、それは今はどうでもいい。いや、正確にはどうでも良くはないのだが、それ以上の特大の爆弾――盛大に爆発済み――がしれっと紛れ込まれていたため、そちらに掛かりきりとなってしまっていたのだ。
「……えーと、シシルさん?」
それだけをなんとか口にして、油の切れた扉か何かのようにぎこちない動きで並んで腰かけていた彼女の方へと顔を向けるも、シシル嬢はシシル嬢で予想外の出来事だったのか真っ赤な顔で俯いてしまっていた。
しかし分かるのはそこまでで、前世も含めて異性と付き合った経験がないらしい俺では、その赤面がどんな感情に由来するものなのかを突き止めることはできなかった。
ゆえに、思考は悪い方向へと傾いていくもので……。
「俺のことを話してしまうくらいの間柄なのか……」
王太子の側近のような立ち位置であったとしても、彼の人物はシシル嬢の所属する冒険者協会からすれば部外者となる。
そんな相手に内輪の冒険者のことを話してしまえる程に、個人的に親密な関係ということなのか……。
うん?警戒されていたことはショックではないのか?
初日にやらかしたことでシシル嬢を始めジィマフの冒険者協会職員たちにとって要注意人物という扱いになっていたことは分かっていた。なので、その点については全く何の問題もないな。
俺としては思わず漏れ出したくらいの声量であったつもりだったのだが、意外にも先程の呟きは聞こえてしまったらしい。
「ち、違うのよイズナ君!あの人とはそんな御大層な関係ではないから!」
「今のは少々意地の悪い言い方となってしまったな」
シシル嬢が慌てて俺の言葉を否定し、それとは対照的に王太子がのんびりとした調子で遠回しな謝罪をしてきたのだった。
あれが謝罪なのかと驚かれるかもしれないが、彼くらいの立場ともなれば安易に謝罪、つまりは前言を撤回することはできないということなのだろう。
軽口すら碌に叩けないとは、なかなかにストレスが溜まりそうだ。
「何を言う!切っても切れない深い関係ではないか!」
「話がややこしくなるから、兄さんは黙っていて!」
半ば現実逃避気味に思考していたところに、不機嫌ながらもどこか切羽詰まった様子で件の男性から更なる爆弾が投下されるも、こちらは
……ちょっと待て。
今とてつもなく重要なワードが飛び出してこなかったか?
「兄さん?」
「貴様に「
これまた思わず零れ落ちてしまったらしく、王太子の背後から俺の台詞に噛みつくように反応してくる彼。
というか俺と彼の台詞では微妙にニュアンスが違っていたような気がするのだが。
「だから兄さんは黙っていてと言っているでしょう!大体、無理矢理私から聞き出しておいて、しかもそれを無断で第三者に話すだなんて、一体全体どういった了見なのかしら!?」
「これはその……、そう!お前に何かあってはいけないからその対策を取るための必要行為だったのだ!それ以前に私はただ妙に上機嫌だったから話したいことがあるのかと水を向けただけだぞ。毎回毎回喜々として事細かに話したのはお前の方ではないか!」
そして何やら兄妹喧嘩?らしきものが勃発しているし。
「あいつが相談したくなった気持ちも分からないではありませんけれどね。あの話の通りであれば、彼女の言葉は八割方惚気だったのですから」
「うむ。だが、それを奴の愚痴と一緒に聞かされる羽目になった身としては、少しくらいその元凶となった人物に仕返しをしても良いのではないかと思うのだ」
そう言って王太子と衛兵隊の制服を着た彼がこちらへと顔を向けてくる。
その目が微妙に死んだ魚のようだったのはさておき、つまり事の原因となったあの発言こそ、その仕返しだったという訳だ。
まあ、分からないではないかな。とはいえ、やられっぱなしというのもどうかと思うのだ。
権力的に上下の立場は覆りようもないが、何でもかんでも無理難題を押し付けられては敵わない。例え不敬だとしても、簡単に言うことを聞かせられる駒ではないと主張しておくことも大事だろう。
「……もしかしなくてもその元凶というのは俺のこと、なのでしょうか?」
しかし、これが失敗だった。
「逆に聞くが、家族が辟易するほど惚気る相手がいるのに他の男と二人きりで出かけるような不埒な真似をシシルがすると思っているのか?」
途端に表情は消え失せ、言葉と共に王太子から叩きつけられた感情は敵意というより殺意に近いものだった。
これは少々シシル嬢と王太子の関係を見誤っていたかもしれない。やり返すにしても別の選択をするべきだった。
元々は優秀で有望な職員ということで、シシル嬢は冒険者協会を通じて王太子やジィマフの権力者と面識があるのではないかと考えていた。
そんな彼女とその連れだからこそ、単なる取り調べであったとしても、このような立派な部屋に案内されたのではないか、と。
しかしその後の会話で、未だ明確にはされていないものの王太子と共に入室してきた男性の一人と血縁関係にあることは疑いようがなくなっていた。
何より、彼が入室直前に口にした「お前はここでお役御免になる」との言葉が、「家族の自分がいるから、ここはもう安全なのだ」という意味も含んでいたことが理解できるのだった。
だが、この解釈だけではまだ不足していた。シシル嬢を妹として大切に想っていたのは、何も彼の御仁だけではなかったのだ。王太子たち残る二人もまた彼女を妹分として、庇護すべき存在として常々認識していたのだろう。
だからこそ、巡り巡ってシシル嬢を貶めるような俺の言葉に、あれ程の敵意を剥き出しにしたのだ。
「申し訳ありません、言葉が過ぎました」
まだ互いにどういった人間なのかを理解しきっているとは言い難い。
謝るべきだと感じた時にはすぐさま謝罪しなければ、せっかく生まれつつあった関係がこじれて断絶しかねない。
「ぬ……、ゴホン。分かっているのならば良い。以後、発言には注意することだ」
あえて威厳を込めた重苦しい口調で答える王太子だったが、思わず熱くなってしまったという実感があるのか、その顔は赤く染まっていた。
もっとも、それ以前にすぐ側でシシル嬢たちが兄妹喧嘩を繰り広げていたため、威厳も何もあったものではなかったのだが。
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