第25話 連行

 最後は随分と大騒ぎになってしまったが、キール・スローターを退けた後、俺とシシル嬢は互いの無事に安堵し合ったのだった。]


 が、もちろんそれで終わるはずもなく。騒動の中心人物として聴取されることとなり、近隣の衛兵隊の詰所、ではなく中央の行政区にある衛兵他部隊の本部の建物へと連行されていた。


「しかもこの部屋、どう見ても取り調べに使用するような所じゃなくて、貴賓向けの応接室といった造りですよね?」


 目の前には縁に細やかな彫刻が施された格調高いテーブルを挟んで、高級そうな数人掛けの革張りの椅子が置かれている。

 一応下手しもて側の席に着いているのだが、一つのセットいう扱いなのだろう、俺とシシル嬢が並んで座っている椅子の方も同じ造りとなっていた。


 俺が男爵家の子息だから、下に置かない扱いとなっていた?

 まさか!自慢じゃないが貴族相手の業務がほとんどであるはずの、シール学園の事務員にすら初見の際には胡散臭そうな目で見られたんだぞ。

 もしも授業料などの最低料金が払い込まれていなければ、けんもほろろな塩対応であったことだろう。

 ……うん、全く自慢にならないな。


 ちなみに、王国の貴族名鑑――そんなものがあることすら知らなかった――の家族欄にすら乗せられていないようで、いわゆる庶子と同じような扱いであるらしい。


 加えて、キールの指摘によれば騎士団や領軍などジィマフの組織に所属する人材は王太子によって直々に集められたとのことだった。

 その中には当然、元々彼に近い場所にいただろう高位貴族の令息も含まれていたはずだ。衛兵隊だけがその例から漏れているとは考え難く、きっと俺よりも家格が高い人物が何人もいることだろう。


 以上のことから、辺境ド田舎木っ端貴族の息子であることを理由に、好待遇となるなどあり得ないのだ。


 先日の一件、レッドアントの群れに壊滅的な打撃を与えた功労者として知られていたという可能性はなくはないのだろうが、確かあれに関わりがあったのは領軍だったはずだ。

 街中の治安活動が主である衛兵隊とは畑違いであり、やはりこれを理由にするのは説得力に欠けると思われるのだった。


 そうなると、この状況の原因となるのは一人しかいない訳で……。


「あははははは……」


 先程から何度か「説明求む」という意思を込めて隣り合って座る彼女に視線を送ってみているのだが、その度に困った顔で乾いた笑いを返してくるだけとなっていた。

 そうした反応自体が、大っぴらにすることができない事情があると明確に告げているようなものなのだが、シシル嬢はそのことを理解しているのだろうか?


「……まあ、何がどうだろうとやることに変わりはないか」

「え?」

「デートですからね。冒険者協会なりどこへなり、シシルさんが安全だと思える場所まで送っていくのが俺の役目です」


 そこは「彼女の家まで」じゃないのかって?

 バカ野郎!ストーカーみたいだと思われて、嫌われてしまったら如何するんだ!


「ほほう。ならばここでお役御免ということになるな」


 ところが、その返事はまさか部屋の外からやってきた。

 いや、仮にシシル嬢からそんなことを言われてしまったら確実に再起不能になってしまっただろうから、それはそれで一安心だったのだが。


 彼女を背後に守るようにしつつ、視界に少しの警戒の色を乗せて入口の扉を見やる。しかし、そこにいた三人は欠片も気にする様子もなく次々に部屋の中へと侵入してきたのだった。

 内二人はどこで見かけたのかまでは定かではないが、どこか見覚えのある顔の気がする。

 年の頃は全員似通っていて、二十代の半ばくらいだろうか。もっとも上に見積もっても三十代初めまでだと思われる。


 そんな彼らだが、先頭の男だけは苦々しげに、いや、どちらかといえば苛立たしそうにと言った方が適切だろうか。ともかく不機嫌を隠そうともせずにいた。

 先程の台詞を口にしたのも彼だろう。どういう意味なのか問い質したいところだが、それができそうな雰囲気ではないな。


 対して二番目の男はどことなく面白そうな顔で前を歩く一人目の背中を見ていた。その態度から二人が相当親しい間柄であることが伺える。

 まさしく気の置けない関係、もしくは悪友といった様子だ。


 三人目はそんな彼らとは色々な点で異なっていた。

 まず、体格が異なる。前者も決して衰えていたり貧弱だったりする訳ではない。服の上からでもしっかりとした筋肉を付けているのが分かる当たり、日課として密度の濃い運動を取り入れているのだろう。

 が、こちらはその程度で収まるものではなく、常日頃から厳しい訓練を課していることが容易く想像できる体格だ。


 そういえば腕の辺りなど彼の服装には見覚えがあるな。具体的に言うと、ほんの数十分前まで見ていた衛兵隊の制服と同じだった。

 地位の方までは不明だが彼が衛兵隊所属であることは間違いなさそうだ。

 なるほど、これだけの規模の街だ。酒に酔って喧嘩程度の争いごとなら日常茶飯事だろうし、鍛え上げられた体つきなのも納得の理由だな。


 そうなると話し合いの中心となるのは三人目の彼、ということになるのだろうか。

 しかし、この予想はすぐに外れることとなる。二番目の男性だけがテーブルを挟んだ俺たちの正面に来たかと思えば、残る二人は彼の後ろ、椅子の背後へと回ったのである。

 立ったまま俺たちを見下ろすその姿は、王者とまではいかないものの、人の上に立つ者の風格を感じさせた。


 これは……、思わぬ大物が現れたということだろうか?


 一方、俺たちはというと椅子に腰かけたままとなっていた。三人が入室してきた時に起立の合図がなかったがために、すっかり立ち上がるタイミングを逸してしまっていたのである。


「……失礼を承知で、一つ質問をさせて頂いても構わないでしょうか?」

「何だ?」


 特に機嫌を損ねた訳でもなく、正面の男性が鷹揚に尋ね返してくる。


「ありがとうございます。田舎者ゆえ礼儀知らずで申し訳ありませんが、この場合、立った方が良いのでしょうか?それともこのまま座っておくべきでしょうか?」


 何を頓珍漢トンチンカンなことを訪ねているのだ、と言うなかれ。

 直接口にこそ出してはいないが、彼らは明らかに俺よりも遥かに高い身分の持ち主たちだと思われる。そんな相手を立たせたままで反対に自分たちは座っているという状況というのは、確実に無礼に該当するはずだ。

 それこそ身分至上主義者や権威主義者であれば即刻「死んで詫びろ」だの「死して償え」だのと言い渡してきてもおかしくない程に。


 しかし、それならばさっさと立ち上がれば良い、ということでもないのがまた面倒なところでして。

 立ち上がるということは、極端な例ではあるが目線の高さを合わすということになってしまうため、これまた不敬な行為だと非難され、以下同分となる恐れがあるのだ。

 貴族って本当に厄介だ。


 余談だが、これらの知識は先日古本屋で買い漁った初頭貴族学園で使用されている教科書に記載――もう少しマイルドな表現となっている――されていた事柄なので間違いはないだろう。

 もっとも、活用できていない時点で付け焼刃にすらなっていないと露呈してしまった訳だが。


 さて、俺からの中々に突拍子もない質問に対して目の前の男性は、


「我らが入ってくる時点で立ち上がるべきだったな。この状況になってしまうともう、何をしても手遅れとなる」


 特に感情を波立たせることなく正解を教えてくれたのだった。後方の二人が非礼な態度の上に不躾に言葉を発するという俺の行動に眉をしかめていたにもかかわらず、である。

 まあ、一人は入室時からずっと不機嫌なままだったので、余り当てにはならないかもしれないのだが。


「お教え頂きありがとうございます。予想はしていましたが、既に失礼街道を邁進していたのですね……」

「そう落ち込むことはないぞ。本来であれば先触れか指示があるのが通常だからな。このような悪辣なことをする者は……、他国まで含めればいないことはないか」


 悪辣だと分かっていてやったのか。一体誰の発案なのか。それと今のところこの国を出る予定はありません。

 とにかく、非はこちらにあるのだ。少しでも印象を好転させるためにまずは謝罪を行うべきだろう。


「これまでの非礼、重ねてお詫び致します。申し訳ありませんでした、王太子殿下」


 そう告げて深々と頭を下げた瞬間、四人・・が息を呑んだのが分かった。


 うん?

 ……しまった!


 正面の男性が王太子だというのは俺の予想に過ぎないのだった!!

 しかし、男性三人だけでなくシシル嬢まで驚いている所を見ると、どうやらその予想が的中していたらしいと理解できてしまった。


 同時に、これでもう一つの推論もまた限りなく真実に近付いたということになるのだが……。その点について明らかにするのは後回しにするとしようか。

 いやほら、物凄い形相でこちらを睨みつけている三対の目があるので。


「何故、そう思う?」


 口火を切ったのは最初に入室してきた男だった。不機嫌を隠そうともしていなかった彼である。

 今はさらに悪化していて、下手なことを口走れば、即座に闇に葬られてしまいそうな不穏な気配すら醸し出されているぞ……。


「理由はいくつかありますが……、強いて言うなら勘、でしょうか」

「勘だと?そのような不確かなものを根拠としていたというのか!」


 一番の理由は前世の記憶、『エレメンタルガールズ!』に関係することになるのだが、さすがにそれは説明のしようがないので次点の勘を挙げたのだが、お気に召さなかったようである。


「いやいや、勘というのもあながちバカにできないものがありますぞ。ある先人の言葉によれば、「勘とは経験の上に成り立つもの」であるとか」


 と、予想外の方向から援護が入る。三番目の男性こと衛兵隊関係者とおぼしき彼だ。

 まあ、治安維持活動に従事していれば実際に勘の有用性を体感する機会も多いだろうからな。客観的に立証できないだけで非合理だと切り捨てられていくのは我慢がならなかったのだろう。


「……その先人の言い様を否定するつもりはないが、だとすればこの者の勘とはやはり当てにならないということになるぞ。何せこのような状況に立たされること等、そうはあることではないからな」


 それでも相手を怯ませることはできず、むしろ彼は言葉巧みに自説の補強として見せたのだった。


「確かにこんなおかしな状況、何度も遭遇するようなものではないですね。いえ、これっきりにしたいです」

「イズナ君が納得しちゃってどうするのよ……」


 横合いからシシル嬢の呆れた声が聞こえてくるが、これもまた本音なのだから仕方がない。


「皆、そこまでだ。どうやって見抜いてみせたのかも気になることではあるが、今はもっと重要なことがある」


 王太子の一声で、場を静寂が支配していく。

 あ。今、不可逆かつ面倒なルートに引きずり込まれている予感がする!?


「私の正体を知ってしまった以上、このまま放免という訳にはいくまい」


 できましたら、どこの誰に知られることもなく行方不明、という展開だけは勘弁して欲しいなと思う次第であります。

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